No.9 麻しん(はしか)に備える
今、全国的に麻しん(はしか)の流行が問題となっています。日本では麻しんワクチンを定期接種として実施するようになってから発生は減少しており、2015年にはWHOより「麻しんが排除状態にある国」として認められました。しかし、今回は、海外で麻しんに感染した旅行者によって国内に持ち込まれ、日本の中で流行してしまいました。今号は、なぜ麻しんの流行は起きてしまったのか、また、どのような感染対策が必要なのかを再認識しながら、感染対策に備えましょう。
株式会社健康予防政策機構 代表・医師 岩﨑 惠美子
麻しんの基礎知識
麻しんは、麻疹ウイルスによって引き起こされる感染症です。感染力がきわめて強く、さまざまな重篤な合併症を引き起こすため注意すべき感染症の一つです。以下に、麻しんの症状と感染経路を示します。
症状
- 潜伏期間 :10~12日間
- 発熱、咳、鼻汁といった風邪のような症状が現れ、2~3日熱が続いた後、一時的に熱は下がりますが、すぐに39℃以上の高熱と発疹が出現します。
- 特徴的な症状は「コップリック斑」(口腔内の頬の裏側に白色の小さな斑点)と、その後、体表全体に現れる鮮紅色の発疹です。
- 全体の約30%が合併症を引き起こすと言われています。特に小児では、肺炎、中耳炎を合併しやすいので、注意が必要です。まれに、麻しんにかかった数年後に発生する亜急性硬化性脳症などの中枢神経疾患を発症することもあります。
- 一度感染して発症した場合には、一生「免疫」が持続します。
感染経路
口の中に潰瘍ができ、口の粘膜や唾液の中にウイルスが含まれるため、唾液の飛沫によって感染します(飛沫感染)。また、その飛沫粒子に触った手を介して接触感染する場合もあります。さらに、感染力が非常に強いため、感染者と同じ部屋に長時間いると感染することもあり、空気感染の可能性もあります。他者へ感染させる恐れは、発疹が出る1日前から、発疹出現後4~5日位までです。麻しんは、学校保健安全法により、学校感染症第二種※に指定されており出席停止期間は解熱後3日を経過するまでとなっています。
※第二種...学校感染症第二種...空気感染又は飛沫感染するもので、児童生徒等の罹患が多く、学校において流行を広げる可能性が高い感染症
麻しん患者の発生状況
今回の流行の発端は、今年3月に台湾から沖縄を訪れた旅行者によるものとされています(訪日前に渡航していたタイで感染したと考えられています)。沖縄での流行は既に終息をむかえていますが、日本では愛知や福岡、神奈川、東京などで感染が拡大しています。
この事例の他、渡航先で感染した症例、感染経路が不明な例等も含めると、今年、国内で発生した麻しん患者数は149人となります。日本での発生患者数は2017年 187人、2016年 165人でした。
なぜ、感染が拡大したのか?
麻しんは免疫を持っていない人が感染するとほぼ100%発症すると言われ、ワクチン接種が最も有効な対策です。さらに、1回のワクチン接種だけでは、私たちの体の中に、麻しんに対する十分な抗体が作られないため、2回の接種が必要です。しかし、日本には、この2回のワクチン接種が不十分な世代があります。1990年4月2日以降に生まれた人は、2回接種が定着していますが、それ以前に生まれた人は1回しか接種していない可能性があります。このような世代がいる日本は、麻しんが感染拡大しやすい環境と考えられます。海外では、日常的に麻しんが流行している地域も少なくありません。そのような地域を麻しん抗体を十分に持たない日本人が旅行した場合には、麻しんに感染して帰国し、麻しんウイルスを持ち込むことになりますので、注意が必要です。海外旅行前には、母子健康手帳を確認し、2回接種をしていない場合は、ワクチン接種を受けましょう。
麻しんワクチン接種について
- 1996年~ 任意接種開始
- 1978年~ 定期接種(1回)開始 ※対象:1~7歳半
- 2006年~ 任意接種(2回)開始 ※対象:1歳、就学前
- 2008~2012年 中学1年生、高校3年生に相当する年齢に2回目の補足的接種
麻しんの感染対策
2回のワクチン接種
麻しんは、手洗いやマスク着用のみでは予防することができず、ワクチン接種が唯一の予防方法です。現在日本では、麻疹と風疹の混合ワクチン(MRワクチン)が定期接種に導入され、第1期は1歳児、第2期は小学校入学直前の1年間としています。
汚染を広げないために ― 飛沫感染・接触感染対策 ―
麻しんウイルスは空気感染をすることがよく知られていますが、インフルエンザのように、飛沫感染や接触感染もします。手を介して汚染を広げてしまうことも多いので、手洗いを励行しましょう。また、麻しんウイルスはエンベロープを持つウイルスのため、消毒薬は比較的効きやすく、手指消毒や手が頻繁に触れる箇所の環境清浄などでは、アルコール製剤が使いやすく、効果的です。
PROFILE
株式会社健康予防政策機構
代表 岩﨑 惠美子
新潟大学医学部卒業後、耳鼻咽喉科医師を経て、インド、タイ、パラグアイで医療活動を行う。1998年より、厚生労働省、成田空港検疫所、企画調整官仙台検疫所長を歴任。その後、WHOの要請でウガンダ現地にてエボラ出血熱の診療・調査に従事。またSARS発生時には日本代表として世界会議に出席。2007年からは仙台市副市長に就任。インフルエンザ対策として「仙台方式」を提唱し、日本の新型インフルエンザ対策の基盤を構築する。現在は、感染症対策のプロとして、新型インフルエンザをはじめとする感染症対策の啓発活動を行っている。