No.2 災害時の感染症の動向と感染対策の考え方
-東日本大震災の経験から-
感染症とは? - 感染症の基礎知識 -
感染症とは、細菌、ウイルス、リケッチア、真菌、原虫、寄生虫などの病源体が体に入り、発熱や頭痛、咳、下痢等の症状が出ることを言います。感染症は人から人、あるいは、動物や昆虫から人にうつる病気のことです。病源体は感染者の鼻水、せき、くしゃみ、吐物、便などに多く含まれていますので、気がつかないうちにそれらに触れた人の手が病原体の運び屋となり、人から人へ直接、あるいは多くの人が触るところ等に付着して、人々に感染を広げていきます。
感染症を完全に防ぐことはできませんが、日頃からの習慣・行動などの対策によって、その被害を小さくすることはできます。
感染症対策の基本は、① 予防、② 感染拡大防止(流行阻止)、③ 医療です。私たちができる予防対策は、まず正しい知識を持つことが最も重要です。そして、具体策としては、免疫力をつけるためにワクチンの接種、病原体を体内に取り込まないように手洗いの励行、体力を落とさないために十分な栄養と睡眠等を取り、疲労を蓄積しないことなどが大切です。すなわち、日常の健康管理が大切ということです。
感染が拡大(流行)するきっかけの多くは、体力も免疫力も十分でない小学生や乳幼児が、保育園、幼稚園、小学校などでの集団生活の中で感染を広げ、そして家族などの周りの人たちに拡がります。このようにして、乳幼児等は、多くの人を感染させてしまうスーパー・スプレッダーになりやすいのです。
東日本大震災の経験から - 災害時の感染症の動向 -
災害が発生してから時間の経過とともに、発生が予測される感染症は異なってきます。
地震・津波による災害時に注意する感染症は、災害初期では外傷に伴う破傷風、津波で汚染された水を誤飲することによるレジオネラ症などが挙げられます。東日本大震災では、破傷風9例、レジオネラ症4例の届け出がありましたが、被災地域で活躍した支援・ボランティア従事者等からの発症報告はありませんでした。
被災者が初期に身を寄せる避難所では、集団生活をするため、ノロウイルスによる感染性胃腸炎、インフルエンザや風邪などの呼吸器感染症、馴れない場所での生活に起因するケガなどに伴う感染症の発生が予測されます。東日本大震災でも避難所においてノロウイルスによる感染性胃腸炎およびインフルエンザの集団発生が見られました。
季節によっては、災害発生後に水溜りなどに蚊などが繁殖することもあり、蚊が媒介する日本脳炎などの感染症や、食料品やゴミ、瓦礫等の中にハエが発生したり、ネズミが繁殖したりするため、レプトスピラ症やハンタ腎出血性症候群など、環境の衛生状態の悪化による感染症の発生が懸念されます。東日本大震災では、津波で水産物加工場や冷凍貯蔵施設から大量の魚介類が流出したため、腐敗したこれらにクロバエが大発生しました。ただ、クロバエは感染症という観点では、あまり害がないと考えられます。一方、腸管感染症など、感染症の媒介に関わるイエバエは発生が少なかったと報告されています。
災害時に備えて - 災害時の感染対策の考え方 -
避難所で最も優先すべきことは避難所の衛生状態の維持です。多くの避難者が一緒に生活をするので、避難所での感染症の流行を起こさないためにも衛生管理は重要です。
感染症はうつる病気ですから、集団で過密状態による生活の中では、いったん発生した場合には、簡単に蔓延してしまいます。しかも、心身の疲労や栄養状態の悪化等により体力が低下しているのですから、平時より感染症は発生しやすいでしょう。
さらに災害時には、水や電気がない場合も多いため、感染症対策のためには平素より、日常的に手指、環境などの消毒のための薬剤などを準備しておく必要があります。
PROFILE
株式会社健康予防政策機構
代表 岩﨑 惠美子
新潟大学医学部卒業後、耳鼻咽喉科医師を経て、インド、タイ、パラグアイで医療活動を行う。1998年より、厚生労働省、成田空港検疫所、企画調整官仙台検疫所長を歴任。その後、WHOの要請でウガンダ現地にてエボラ出血熱の診療・調査に従事。またSARS発生時には日本代表として世界会議に出席。2007年からは仙台市副市長に就任。インフルエンザ対策として「仙台方式」を提唱し、日本の新型インフルエンザ対策の基盤を構築する。現在は、感染症対策のプロとして、新型インフルエンザをはじめとする感染症対策の啓発活動を行っている。