No.5 冬場の感染症
-嘔吐や下痢の症状が出たら-
各種病原微生物に対する免疫がまだ十分に備わっておらず、集団生活する機会の多い子どもたちの間では、1年間を通じていろんな感染症が流行します。これから寒い冬をむかえますが、この時期によくみられる感染症は「ウイルス性胃腸炎」です。今回は、「ウイルス性胃腸炎」について解説します。
川崎医科大学総合医療センター 小児科 部長(教授) 中野 貴司
冬に流行する「胃腸カゼ」~ウイルス性胃腸炎の症状は嘔吐・下痢~
いわゆる「カゼ」の主な症状は咳や鼻水ですが、それらは原因となるウイルスが呼吸器に感染するために起こります。一方、ウイルス性胃腸炎では、原因ウイルスが胃や腸などの消化管に感染するため、嘔吐や下痢が症状として現れます。「胃腸カゼ」と呼ばれることもあるのは、このためです。ウイルスは人から人に感染伝播しやすいので、多数の子どもが同じ時期に嘔吐や下痢をきたすことがあります。
ウイルス性胃腸炎の王様「ノロウイルス」
ウイルス性胃腸炎に限定した集計はありませんが、国の感染症発生動向調査ではウイルスや細菌など感染性微生物による「感染性胃腸炎」は、全国約3,000箇所の小児科の病院と診療所から定期的に報告されています。感染性胃腸炎は感染症法の「五類感染症」に分類される疾患で、国立感染症研究所のホームページに最近10年間の週ごとの報告患者数が掲載されています。毎年、インフルエンザが流行するより前に、晩秋から初冬にかけて患者数は急増します。この感染性胃腸炎の流行時に、原因微生物として最も多くを占めるのが「ノロウイルス」とされます。
ノロウイルス胃腸炎
ノロウイルスは、患者の糞便や嘔吐物の中に含まれています。また、症状が無くてもウイルスに感染し排泄している人(不顕性感染者)が一部います。そして、ノロウイルスは手指や食品などを介して、口から感染(経口感染)します。感染してから発症するまでの時間(潜伏期間)は24~48時間で、嘔吐、下痢、腹痛などをきたします。通常は症状が1~2日間続いた後、後遺症なく回復しますが、体力の弱い乳幼児や高齢者は脱水症状になりやすく、高齢者では嘔吐物による窒息や誤嚥性肺炎を起こすことがあります。ノロウイルスに対するワクチンはまだ無いので、感染しないように注意することが唯一の予防法です。
ノロウイルスの予防対策
ノロウイルス胃腸炎を予防するために、加熱が必要な食品は中心部までしっかり加熱すること、調理器具は清潔にして扱うこと、感染が疑われる者は食品の取り扱いや調理に従事しないことなどが大切ですが、それだけでは十分ではありません。ノロウイルスに感染した人の糞便や嘔吐物には大量のウイルスが含まれています。症状の無い不顕性感染者も居ますから、感染の拡大を防ぐためには、日頃から心がける予防行動の習慣付けが重要です。排泄されたウイルスは、多くの場合手指を介して他人に伝播するので、手洗いによってその感染経路を遮断することができます。「手洗い」は、手指に付着しているノロウイルスを減らす最も有効な方法であり、ノロウイルス胃腸炎の最善の予防策です。
日常からの手洗い励行を!
子どもたち、そして周囲の大人も、日常生活から「手洗い」を励行することがノロウイルス胃腸炎の予防にきわめて有効です。手洗いを習慣づけるタイミングとして、外出からの帰宅時、食事前、トイレの後などはもちろんのこと、ドアノブやスイッチ類、電車のつり革など人がよく触れるものに触った後も、手洗いが奨励されます。多数の人が触る部位には、誰かの手指からそこに病原微生物が付着し、別の人が触れて手指に付着し、それが口から入って感染の伝播が起こります。また、子どもや病弱者と接する前も、手洗いは効果的と考えます。そして手洗いは、手のひら、手の甲、手首から指の間、爪の間も含めて、丁寧に擦り洗いをして、流水で十分に流します。水気を拭き取るのは、使い捨てのペーパータオルや清潔な手拭きを用いましょう。
PROFILE
川崎医科大学 総合医療センター 小児科
部長(教授) 中野 貴司
1983年信州大学医学部卒業、1983年三重大学医学部付属病院小児科研修医、1984年尾鷲総合市民病院小児科、1985年国立療養所三重病院小児科、1987年ガーナ共和国野口記念医学研究所派遣(2年間)、1989年三重大学医学部小児科、1995年国立療養所三重病院小児科(この間、中国ポリオ対策プロジェクトへ1年間派遣)、2004年4月 独立行政法人化により"国立病院機構 三重病院"と改称、2010年7月 川崎医科大学小児科教授、現在に至る。