第11回 アルコール消毒と次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌
新型コロナウイルス感染症
2020年は、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行で、各国とも感染拡大防止に必死である。感染が拡大するにつれ、食品関係施設の従業員や家族でのPCR検査陽性者が報告されている。陽性者が勤務していた食品関係施設では、臨時休業して施設消毒を行っているが、営業の再開の判断に苦慮している。また、厚生労働省のQ&Aでも食品媒介によるコロナウイルス感染の報告はないと記載されているが、陽性者が触れた疑いのある食品への対応方法についても、苦慮しているのが現状である。
農水省のガイドライン
こうした中、3月13日に農林水産省が「新型コロナウイルス感染者発生時の対応・業務継続に関するガイドライン」を示した。このガイドラインでは、一般的な衛生管理が実施されていれば操業停止や食品廃棄は必要ないと明記されている。なお、施設設備の消毒には、アルコール(70%以上)又は次亜塩素酸消毒液(0.05%)による方法が記載されているが、アルコール製剤は品薄状態で、どこも確保が難しくなっている。
感染者が発生した施設設備等の消毒方法
アルコール消毒液を浸したペーパータオル等で拭きとり清掃します。
清掃箇所 | 頻繁に手指が触れる場所 (机、⼿すり、ドアノブ、電気のスイッチ、⽔道の蛇⼝など) |
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消毒⽤資材 | アルコール(消毒用エタノール(70%)、(次亜塩素酸ナトリウム (0.05%以上)で代⽤可) 拭き取りに使う使い捨てペーパータオル等 |
アルコール製剤
アルコール製剤の主成分はエタノールである。皆さんご存知のようにエタノールは酒類の主成分でもあり、大量に摂取しなければヒトへの毒性も低い。エタノールは、容易に細菌類の生体膜を透過して細胞膜やタンパク質を変性させるとともに、蒸発する際に細菌類の水分を奪うことにより殺菌を行う。一般的にアルコール濃度は70~80重量%が殺菌効果が高いと言われており、この点から日本薬局方の消毒アルコールの濃度は76.9~81.4容量%(70.0~75.2重量%)となっている。注1)また、アルコール類は引火性が高いため、消防法で室内での保管量も規制されている。このため、食品関係施設で使用されるアルコール製剤は、エタノールに食品添加物でもあるクエン酸、乳酸やグリセリン脂肪酸エステルなどを配合してアルコール濃度(60%程度)が低くても同等の効果が出るように工夫されている。使用する場合には、水分があると効果が低下するので、水分を取り除いて使用することが大切である。
コロナウイルスの構造
コロナウイルスは、図のようにエンベロープ(脂質で作られた膜)に冠状に蛋白質が刺さったような構造をしている。エンベロープは脂質膜であるため界面活性剤に弱く、蛋白質はアルコール変性するので、比較的薬剤が効ききやすい構造であると考えられている。
次亜塩素酸ナトリウム溶液
農水省のガイドラインには、70%アルコールの代用として次亜塩素酸消毒液0.05%(500ppm)が記載されている。ウイルスはその構造により消毒薬の効果が異なるが、新型コロナウイルスは薬剤感受性の高いエンベロープを持つため、これらの消毒薬が効きやすいと考えられている。
次亜塩素酸ナトリウム溶液は、水道水の殺菌にも使用されている他、食品添加物にも指定されており、家庭の台所や風呂場でもカビ取り剤等として使用されている。なお、酸性のトイレ洗剤と混用すると塩素ガスが発生するため、家庭用品品質表示法で「まぜるな危険」と注意表示されている。塩素ガスは死亡事故にもつながるため、薬剤の使用に当たっては、使用上の注意を良く読んで使用することが大切である。
使用方法と濃度
添加物公定書解説書や大量調理施設衛生管理マニュアルには、表のような使用方法が記載されている。
表1 次亜塩素酸ナトリウムの使用方法
食品添加物公定書解説書 | ||
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用途 | 有効塩素濃度 | 所要時間 |
飲料水やプール水の消毒 | 0.3~1.0ppm | 3~5分 |
果実や生野菜の消毒 | 50~100 | 5~10分 |
食器、調理器具類の消毒 | 100 | 2~5分 |
手指の消毒 | 100 | 数秒 |
医療消毒(包帯、白衣) | 200~500 | 5~30分 |
漂白(白木綿、白麻) | 100~200 | 20~30分 |
大量調理施設衛生管理マニュアル | ||
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用途 | 有効塩素濃度 | 所要時間 |
果実や生野菜の消毒 | 200ppm | 5分 |
同上 | 100ppm | 10分 |
水道水や業務用の製剤には12%溶液が使用されているが、食品添加物の規格基準では4%以上と規定されており、通常約5~6%の製品が市販されている。次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度は経時変化するため、濃度が減少しないよう苛性ソーダを入れて強アルカリ性(pH12程度)に調整されている。市販の次亜塩素酸ナトリウム溶液を薄めるとヌルヌルするのは、このせいである。
次亜塩素酸ナトリウム溶液は、強力な漂白・酸化・殺菌能力を持っているが、その殺菌力の主体は希釈することにより生ずる次亜塩素酸によるものである。次亜塩素酸ナトリウム溶液は図1注2)のように、アルカリ性では殺菌力の弱い次亜塩素酸イオン(ClO-)として存在しており、pHが下がるにつれて殺菌力の強い次亜塩素酸(HClO)となる。
図2注2)に次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度とpHを示した。水道水はpH7前後であるため、250倍(約200ppm)に希釈してもpH9前後である。つまり、ほとんどが殺菌効果の弱い次亜塩素酸イオンとして存在していることが解る。このため、希釈した次亜塩素酸ナトリウム溶液に希塩酸等を混ぜて、pHを下げて殺菌効果を高める装置も開発されており、実際に食品工場で使用されている。
図1 次亜塩素酸ナトリウムの使用方法
図2 次亜塩素酸ナトリウムとpH
次亜塩素酸水(酸性電解水)
近年、塩や塩酸を電気分解することにより、次亜塩素酸水を生成する装置も見かけるようになってきた。次亜塩素酸水は、ほとんどが殺菌力の強い次亜塩素酸が主体であるため、その殺菌力が強いことが知られている。また、希釈する手間がかからないので、水道感覚で使用できること、次亜塩素酸Na溶液のようにヌルヌル感がなく、手荒れもしにくい性質がある。詳細は次号に記載したい。
- 注1)エタノールの最適除菌濃度について 日本食品洗浄剤衛生協会HP
- 注2)食品現場における次亜塩素酸水の活用と電解技術 月刊HACCP2017年12月号