第17回 アニサキスによる食中毒(アニサキス症)で魚アレルギーに!
食中毒の発生状況
過去10年間の食中毒発生状況を表1に示しました。前半は、事件数約1,000件、患者数約2万人で推移していますが、新型コロナが蔓延したここ3年間は、飲食店などの営業自粛や人々の手洗い励行の結果などにより、大幅に事件数と患者数が減少しています。営業自粛にともなうテイクアウトの増加による食中毒の増加も懸念されましたが、そのような兆候は見られていません。
表1 食中毒の事件数と患者数(2013-2022.8)
※表は左右にスクロールできます。
2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | |
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事件数 | 931 | 976 | 1,202 | 1,139 | 1,014 |
患者数 | 20,802 | 19,355 | 22,718 | 20,252 | 16,464 |
2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022.8末 | |
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事件数 | 1,330 | 1,061 | 887 | 717 | 447 |
患者数 | 17,282 | 13,018 | 14,613 | 11,080 | 3,395 |
過去10年間の食中毒の三大病因物質であるノロウイルス、カンピロバクター、アニサキスの発生状況を図1に示しました。2015年以降、ノロウイルスとカンピロバクターが減少しているのに対して、アニサキスは2017年から急激にその発生数が増加し、2018年から5年間一番の病因物質となっています。
2022年も、8月末現在で275件の報告があり、食中毒発生数447件の半数以上の発生状況となっています。
アニサキスによる食中毒
アニサキスはサバ、イカ、アジなどに寄生しており、魚を生食する文化のある日本人にとっては切っても切れない寄生虫です。アニサキスの寄生した刺身等を食べると、喫食後数時間から数日のうちに激しい痛み、悪心や嘔吐を起こし、救急病院で胃カメラによりアニサキスの虫体の除去を受ける例が多く報告されています。患者数が複数のことは稀で、ほとんどが患者数1名です。従前、食中毒というと複数の患者の発生があるものが対象として集計されていましたが、1999年に寄生虫等も食中毒の病因物質とされ、2013年からは厚生労働省の食中毒統計にアニサキス食中毒の発生数が掲載されるようになりました。2013年からのアニサキス食中毒の発生数は図1のとおりです。2018年に急増していますが、この年は黒潮の大蛇行の影響でカツオに寄生したアニサキスによる事例が多く報告されています。しかし、これらの事件数は氷山の一角であり、2005~2011年までの胃カメラによる診療報酬明細書(レセプト)の調査から、平均で年間約7,000件発生していると推計されていました。しかし、近年の大規模(843万人のデータ)な同調査の結果、2018年は991名、2019年は766名の患者が確認されていることから、日本全体では年間2万人近くの患者が発生していると推計されています。
アニサキスの生活史
アニサキスは、イルカ、クジラ、アザラシなどを最終宿主とする寄生虫です。これらの海獣の糞とともに卵が排泄されると、オキアミ→小魚→大型魚→イルカ・クジラと食物連鎖で捕食され成虫となります。人に食中毒を発生する幼虫は2~3cmと小さく透明または乳白色の太い糸状ですが、成虫では10cm以上に成長します。通常は、魚の内臓壁などに寄生していますが、魚が死ぬと魚の筋肉中に侵入するため、その刺身を食べたヒトが食中毒となります。なお、ヒトの体内では寄生することができないので、その多くは自然に排出されると考えられています。一部のアニサキスが胃壁、小腸壁などに侵入してアニサキス症を発生させています。シメサバでの食中毒例が多いように、通常の酢やワサビ等では死滅しません。
アニサキス症と魚アレルギー
アニサキス症になった後で、他の魚を食べてもアレルギー症状を呈する患者さんが報告されています。1990年の報告によれば、サバアレルギーの患者さん11名に対してアレルゲン確認のためのパッチテストを行ったところ、全員が反応したのはサバの成分ではなくアニサキスの成分であったことが報告されています。アニサキスのアレルゲンについては15種類のたんぱく質が判明しており、うち数種類のたんぱく質は耐熱性であるため、加熱調理した魚やダシ汁でもアレルギー反応を呈してしまいます。このため、アニサキス症の後に魚アレルギーとなったため、損害賠償請求により300万円で和解した事例も報告されています。魚料理が大好きなあなたが、魚料理を安心して食べられなくなったらと想像してみてください。
アニサキスの種類と分布
アニサキスには、数種が知られており、その海域に生息する海獣や魚介類の種類や海流の流れなどにより、その分布が変化すると推察されています。ヒトに健康被害を起こすアニサキスには、主に右表の2種類が報告されており、太平洋側にはA.sが多く日本海側にはA.pが多いと言われていました。A.sはA.pよりも組織侵入性が高いため、アニサキス食中毒は日本海側より太平洋側の都道府県での発生が多い状況でした。ちなみに、お隣の韓国では日本海側と同様にA.pの事例が多く報告されています。しかし、近年は日本海側でもA.sの事例報告が多くなっており、海流や生物環境の変化が推察されています。
アニサキスの種類 | 主な分布 |
---|---|
Anisakis simplex sense stricto(A.s) | 太平洋 |
Anisakis pegreffii(A.p) | 日本海 |
予防方法
アニサキスは加熱調理すれば死滅しますが、刺身類は加熱することはできません。前述のとおり、酢やワサビでは死滅しませんので、冷凍処理することが確実な方法です。オランダではニシンの塩漬けによるアニサキス症を防ぐため法律(通称ニシン法)で冷凍処理を義務付けていることが有名です。現在は、コーデックス委員会、米国食品医薬品庁(FDA)、欧州食品安全機関(EFSA)でも、生食する魚介類については冷凍処理を推奨したり義務付けています。日本でも、パルス電流による殺虫処理が検討されていますが、まだ実用化には至っていません。しばらくは、冷凍処理することが安心して食べられる方法のようです。
- 魚を-20℃ 24時間以上冷凍処理すること
- 生食する魚は鮮度の良いうちに内臓を処理するとともに腹身も取り除くこと
- 刺身類は細切したり飾り包丁を入れて虫体を切る工夫をすること
- 刺身にしてからもブラックライトなどで目視確認を徹底すること
食中毒と営業停止
食中毒発生の探知は、医師や患者からの通報がほとんどです。食品衛生法第63条で食中毒患者を診断した医師には保健所への報告が義務付けられています。報告を受けた保健所では、直ちに医師や患者及び関連の飲食店や販売店への立入調査を行います。その結果、原因施設であると断定された場合には、食品衛生法第60条に基づき営業の禁停止措置を命じています。
通常、保健所が食中毒と断定するには、➀患者発生の事実が確認され、その疾病が食中毒であること。➁原因食が明らかなこと。➂責任の所在が確認できること。などを条件としています。近年、芸能人がアニサキスに罹患したことがSNS等で報道されたため、アニサキスの認知度も上がっており、同時にアニサキスを騙った飲食店への苦情やゆすり等の事例も報告されています。このため、東京都では患者さんから摘出された寄生虫の提出を受け、過去に食中毒事例のあった種類であることを東京都健康安全研究センターで確認するなどして、食中毒断定には慎重を期しています。
アニサキスQ&Aと行政処分
厚生労働省のHPにアニサキスQ&Aが掲載されており、Q10、Q11に原因施設である飲食店や魚介類販売店に向けての不利益処分の考え方が下記のとおり記載されています。
- Q10飲食店や魚介類販売店で提供したものが原因で、アニサキス食中毒が発生した場合、飲食店や魚介類販売店には、どのような対応が行われますか?
- A10食中毒やその疑いの連絡をうけた保健所は、直ちに患者への調査を開始すると同時に、食中毒の発生源と疑われる施設への立入調査を行います。立入調査の結果と、体調不良の患者への聞き取り調査の内容をもとに、食品衛生法第60条に基づき、被害拡大防止対策、再発防止対策が完了するために必要な期間・範囲で営業停止の行政処分がとられることがあります。
- Q11飲食店や魚介類販売店で提供したものが原因で、アニサキス食中毒が発生した場合の、行政処分がとられる被害拡大防止対策、再発防止対策が完了するために必要な期間・範囲とは具体的に何ですか?
- A11行政処分については、都道府県等が定める規定に基づき運用されていますが、厚生労働省としては、アニサキス食中毒における行政処分に必要な期間とは、従業員教育等の再発防止措置に必要な期間で、必要な範囲とは、対象品目を鮮魚介類に限定する等と考えています。
飲食店も魚介類販売店も故意に食中毒を発生させたのではなく、アニサキスを見逃してしまったという注意義務違反であり、魚の筋肉の中に深く侵入していた場合には目視による発見は難しく、不可抗力とも考えられます。食品衛生法第60条は、「営業の禁停止をすることができる」と規定されており、「禁停止をしなければならない」という規定ではありません。このため、保健所でも患者さんと営業者さんの間に立って、どのような行政措置が妥当か大いに悩むところです。行政措置は公平性や事件の重大性を考慮しつつ、前例踏襲主義となりやすいのが一般的です。具体的には、飲食店や魚介類販売業に対して営業停止処分(1~数日間)という事例が多いようです。しかし、厚生労働省のQ&Aによれば、「再度、従業員教育を完了するまで、鮮魚介類の提供を停止する」という合理的な処分内容で良いことになりそうですね。
食品衛生法第60条 都道府県知事は、営業者が第六条・・の規定に違反した場合、営業の許可を取り消し、又は営業の全部若しくは一部を禁止し、若しくは期間を定めて停止することができる。
食品衛生法改正と衛生指導の平準化
2018年6月に食品衛生法が改正され、2021年6月にHACCP制度化が施行されています。この背景には、二つの大きな改正が含まれています。一つは、公衆衛生上必要な基準の省令化であり、二つ目は営業許可基準を定めた条例の参酌基準化です。どちらも、各自治体ごとに条例で定められていた基準ですが、今回の改正でほぼ全国での基準が平準化されています。全国展開する食品事業者の中には、自治体ごとに施設基準や指導内容が異なっていることに対して、当惑や不満が多く平準化が強く求められていました。省令化された公衆衛生上必要な基準や営業施設の参酌基準は平準化されましたが、食中毒事件発生時の不利益処分要綱等については、自治事務であることから各自治体によって異なり、まだ平準化されていません。このため、同系列のチェーン店が同一の食材により複数の店舗で食中毒を発生させた場合、各自治体ごとに営業禁停止処分が異なることが想定されています。営業禁停止など不利益処分についても、早期に平準化されることが望ましいと考えています。
参考
- アニサキスQ&A:厚生労働省HP
- アニサキス症のファクトシート(H30.3.12最終更新):食品安全委員会
- カツオの生食を原因とするアニサキス食中毒の発生要因の調査研究(概要):厚生労働科学研究成果データベース
- アニサキスアレルギーによる蕁麻疹・アナフィラキシー:IASR Vol. 38 p.72-74: 2017年4月号
- Anisakiasis Annual Incidence and Causative Species Japan, 2018-2019:CDC Emerging Infectious Diseases Vol. 28, No. 10, October 2022