専門家コラム

小暮先生の現場の目

第1回:カンピロバクターによる食中毒

カンピロバクターによる食中毒事件数は、全体の約3割を占めている。厚生労働省のHPによれば、下表のとおり、年間200~500件、約1500~3000名の患者が報告されている。1件当たりの患者数は平均すると6~7人となるが、昨年のお台場と博多で開催された「肉フェス」で提供された「鶏ササミ寿司」による食中毒のように、患者数601名(お台場)、266名(博多)など大規模な事件も発生している。このため、2016年の平均値は9.7名と増加している。

2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
件数 416 509 345 361 335 266 227 306 318 399
患者 2396 3071 2206 2092 2341 1834 1551 1893 2089 3272
人/件 5.8 6.0 6.4 5.8 7.0 6.9 6.8 6.2 6.6 9.7

※表は左右にスライドできます。

しかし、この統計数は、全国の保健所から食中毒事件として認定されたものだけであり、氷山の一角である。2011年度の厚生科学研究によれば、年間約350万人がカンピロバクターに感染しており、日本人の37人に一人が年に1回は感染していると推計されている。

食中毒の原因は、焼き鳥店などで鳥刺しや鳥タタキを食べたり、加熱不足の鶏肉を喫食したものによるものである。カンピロバクターは、ほとんどの鶏肉に付着しており、少量の菌量でも感染して発症することが知られている。このため、厚生労働省では、鶏肉類については十分に加熱して食べるよう指導しており、平成29年3月には、鶏肉を提供する際には「加熱用」「生食には使用しないでください」などと啓発するよう通知している。(平成29年3月31日付 生食監発0331第3号、消食表第193号「カンピロバクター食中毒対策の推進について」)しかし、鶏肉の生食がなかなか減らないため、食中毒事件も減らないのが現実である。これだけ食中毒の原因となっていることから、食品衛生監視員の立場からすると、豚肉や牛レバーのように生食を禁止すべきものと考えている。

しかし一方で、宮崎県や鹿児島県では、鶏肉のタタキは日常的に食べられており、食文化の一部であるとの考え方もある。カンピロバクターによる食中毒では、腸管出血性大腸菌O157のように頻繁に死者がでる食中毒ではないことから、鶏肉の生食の禁止が進まないもの推察している。しかし、患者のうち一部の患者が、ギランバレー症候群という手足が動かなくなる重篤な症状を呈することも知られている。このため、アイスランド、デンマーク、ニュージランドでは鶏肉の冷凍を義務化している。実験では、生の鶏肉の汚染率40%が、1日の冷凍で24%、7日間の冷凍で12%に低下すると報告されている。このため、鶏肉表面を焼烙した後、冷凍した鶏肉をタタキとして提供している大手の居酒屋チェーンもある。

現状では、鶏肉でのカンピロバクターの汚染率が高く、少量の菌量でも感染して食中毒を起こすことから、鶏肉の生食は食中毒のリスクがかなり高い行為であることが解る。過去に福岡県で発生した事例では、50代の母親がギランバレー症候群となり四肢麻痺の後遺症が残ったため、約3800万円で示談となったと報告されている。筆者からすると、鶏肉を生で提供する行為は、ブレーキの利きの悪い車を運転することに似ているように思う。