専門家コラム

小暮先生の現場の目

第18回:食中毒事件発生に伴う保健所の調査と不利益処分

食中毒事件の調査と不利益処分

前回のコラム「第17回 アニサキスによる食中毒で魚アレルギーに!」では、最後に食品衛生法改正と衛生指導の平準化について解説させて頂きました。
2018年の食品衛生法改正により、飲食店営業等の施設基準や公衆衛生上必要な措置基準は全国で平準化されました。しかし、食中毒発生時の不利益処分基準については、自治事務(各自治体に任された事務)であることから各自治体によってバラバラであり、平準化されていません。
厚生労働省は「食中毒処理要領」及び「食中毒調査マニュアル」により、調査、指導、措置等を行うよう通知されています。しかし、この通知で営業者に対する不利益処分に関する記載は下記のとおりで、具体的な不利益処分の考え方については、記載されていません。

食中毒処理要領 Ⅵ 措置 1 事件の措置 (2)抜粋

営業者に対する行政処分注1は、法第55条注2及び第56条注3の規定によって被害拡大防止対策、再発防止対策が完了するために必要十分な期間・範囲をとることが重要である。これらの処分を行う際には、当該営業者に対し、調査結果等を丁寧に説明するとともに、公益上、緊急に行政処分を行う必要がある場合を除き、行政手続法に基づき営業者に弁明の機会の付与等が行われること。

保健所長が食中毒であると断定した場合には、食品衛生法第60条に基づき営業者に対して営業禁停止命令などの不利益処分が行われています。各自治体の処分基準や処分理由の提示方法等については、下記のように行政手続法に規定されています。

行政手続法

(処分の基準)
第12条 行政庁は、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならない。
2 行政庁は、処分基準を定めるに当たっては、不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

(不利益処分の理由の提示)
第14条 行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。

ただし、行政庁の処分基準の策定や公表については、「努めなければならない」と記載されており、努力義務であるため、各自治体により対応が異なっています

食中毒事件と営業禁停止処分

営業停止期間については、原因究明や原因除去、施設の改善、従業員の衛生教育等に要する日数を考慮して決定されているものと推察します。しかし、表1のとおり自治体により期間がバラバラなのが解ります。このため、全国展開しているレストランチェーンが同一食材により複数の店舗で食中毒事件を発生させた場合には、各自治体ごとに営業禁停止処分が異なることが想定されています。

近年、食中毒事件に伴う営業禁停止処分などの不利益処分についても審査請求や取消訴訟の事例が発生しているので、そのうちのいくつかを紹介したいと思います。

表1 食中毒事件と営業停止処分

A B C D E
発生年月日 平成29年1月 平成31年3月 令和2年6月 令和2年11月 令和4年9月
原因施設 和歌山県御坊市給食センター 千葉県八街市割烹店 埼玉県八潮市給食センター 東京都墨田区保育園給食 京都府宇治市食肉加工店
患者/喫食 763名/2,062名 2名/? 2,958名/6,762名 28名/91名 22名/?
原因食品 磯和え ヒラメ刺身 海藻サラダ きつねうどん レアステーキ等
病因物質 ノロウイルスGⅡ クドア 病原大腸菌O7:H4 ヒスタミン 腸管出血性大腸菌
営業停止 14日間 1日間 3日間 6日間 5日間

※表は左右にスライドできます。

和歌山地裁の判決(表1 A)

この事件は、「刻み海苔」によるノロウイルスの事件です。平成29年1月御坊市の学校給食で700名を超えるノロウイルス食中毒が発生したため、和歌山県は営業者に対して2週間の営業停止を命令しました。その後、東京都の学校でも同様の食中毒が多発し、原因は「刻み海苔」であることが判明しました。営業者は御坊市から調理のみを受託しており、メニューや原材料の選定は御坊市が行っていました。当初、調理従事者からもノロウイルスが検出されたため、従業員からの二次汚染が原因と考えられていましたが、実際にはノロウイルスに汚染された「刻み海苔」が原因であり、むしろ原材料を選定した御坊市にも責任があることが判明した事件です。

通常、食中毒事件を発生させた営業者は、3~5年間は新たな給食事業所の入札に参加できません。このため、営業者は和歌山県知事に対して審査請求するとともに、和歌山地裁に取消訴訟や執行停止を申し立ています。その結果、和歌山地裁の判決は意外なものでした。和歌山県が営業者に交付した営業停止命令書に、行政手続法に基づく理由が明記されていないので営業停止処分を取り消すというものでした。その後、和歌山県は控訴しましたが、表2のとおり和解が成立しています。

表2 給食施設が提訴した不利益処分の取消訴訟

審査請求 平成29年3月3日審査請求 → 平成29年5月26日却下
取消訴訟 提訴 平成29年5月2日提起
執行停止 【申立て】平成29年5月19日【決定】平成29年9月28日
本案事件の第1審判決後60日まで本件処分の効力を停止
判決内容 平成29年10月27日 和歌山地裁平成29年(行ウ)2号
【事件名】営業停止命令取消請求事件【裁判結果】認容
①処分行政庁の営業停止処分を取り消す
②訴訟費用は被告の負担とする
控訴 平成30年1月16日付
和解 和歌山県 営業停止処分を取り消す。控訴を取り下げる
営業者 処分の適法妥当性を認め賠償や補償を求めない
和歌山県の公表 平成30年1月25日県政ニュースに知事コメントを掲載

※表は左右にスライドできます。

なお、この判決では、下記のように附言されています。

営業停止処分の権限を有する行政庁は、当該処分を行うべきか否かを判断するに当たっては、当該処分の必要性、被処分者が違反行為に及んだことに係る帰責性の程度、当該処分によって生じる不利益の程度等の諸事情を求められている・・・処分の必要性に係る検討においては、営業停止処分とするのではなく行政指導とするのでは不十分であるかに等についても当然考慮されなければならない。(和歌山地裁の判決文より)

国からの通知1

この事案に基づき、不利益処分の命令書については、行政手続法第14条に基づく理由を明記するよう下記のように通知されています。

「食品衛生法等に基づく処分の理由の提示について」(抜粋) 平成30年3月29日

1 一般に、処分に理由の提示が求められるのは、処分庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨であり、その提示を欠く場合には、処分自体の取消しを免れないこと。・・

なお、営業の禁停止処分等を事業者に通知する際には、処分の理由を丁寧に説明するとともに、営業の禁停止期間中に取り組むべき内容(施設の清掃、衛生教育等)を十分に理解させることが必要である旨、記載されています。

墨田区長による不利益処分の取消し(表1 D)

令和2年11月、墨田区の保育園給食で「きつねうどん」を食べた園児約30名がヒスタミンにより食中毒症状を呈したため、墨田区は6日間の営業停止を命令しました。この事件では、検出したヒスタミンが微量であったため、だしや醤油由来の微量のヒスタミンについても、乳幼児には潜在的な危害要因となるのではないかと食品衛生関係者の間でも話題となりました。この事件では営業者からの意見提示があったかは明らかになっていませんが、墨田区長は令和3年4月に営業停止処分を取り消し、その理由を下記のとおり公表しています。

処分後の原因究明の結果、当日使用した醤油、だしパックに含まれていたヒスタミンが原因である可能性が高いことが判明しました。しかし、その含有量は微量であり違法なものとは言えませんでした。また、調理工程の検証の結果、ヒスタミンが生成される可能性は否定されました。したがって、当初の営業停止処分は、健康被害の拡大防止のため、法に基づいた適切な措置でしたが、その後の調査で当該事業者に食品衛生法違反行為が認められず、行政指導が相当であることが分かったため、営業停止処分を取り消しました。(墨田区の公表資料より)

自治体の長が、自身が命じた営業停止処分を自ら取り消した事例として、今後参考とされる事例と考えます。自治体内でも、当該措置については賛否両論があり色々と話し合いがあったものと推察しますが、個人的には墨田区長の英断を称賛しています。

国からの通知 2

令和4年4月に各自治体に対して「食品衛生法等に基づく処分の理由の提示について」が再通知されています。この通知では、営業停止命令書に処分基準の適用関係を示さなかったことから、理由の提示として不十分であると指摘されたため、下記のように留意するよう通知されています。

「食品衛生法等に基づく処分の理由の提示について」(抜粋) 令和4年4月20日

1 行政手続法第14条第1項に基づいて、どの程度の理由を提示すべきかは、平成30年通知記1に示す同項本文の趣旨に照らし、①処分の根拠法令の規定内容、②処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、③処分の性質及び内容、④原因となる事実関係の内容等を総合考慮して決定すること。

2 ・・処分基準を設定・公表している場合においては、いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたかを、処分の名宛人が知ることができるよう理由の提示を行われたいこと。

なお、この通知では、どこでどのような事件があったのか詳細が不明でした。千葉県での審査請求事件であることが判ったので、千葉県HPで審査請求事件を検索して情報公開請求するとともに過去の地元新聞等を調べたところ、下記のような事例であることが判りました。

千葉県での審査請求に基づく不利益処分の取消し(表1 B)

平成31年3月、千葉県内の営業者がヒラメの刺身を提供してクドアによる食中毒を発生させたため1日間の営業停止処分を受けました。営業者は、同年6月に千葉県知事に当該処分の取消しを求めて審査請求を提起しています。審査請求を受けた千葉県知事は、「命令書の記載内容が行政手続法第14条の規定による理由の提示として十分ではない」と裁決して、令和4年4月に営業停止処分を取り消しています。なお、この命令書には処分理由として、「ヒラメを冷凍工程なく刺身で提供しており、残品からクドア100万個/g以上が検出された事実と、食品衛生法の根拠条文が記載されているだけで、処分基準の適用関係が全く示されていない」と裁決書に記載されています。さらに、営業者が当該ヒラメの収去検査により原因究明に協力していること、処分の必要性の根拠とした衛生教育の内容などから、営業停止処分は行わずに行政指導で対応することも困難ではなかったとも考えられることから、営業停止処分を行う場合には、その必要性について慎重に検討するよう附言されています。

なお、厚生労働省は、「クドアを原因とする食中毒の発生防止について」(平成24年6月7日)で、クドアの胞子数が100万個/gを超えることが確認された場合、食品衛生法第6条に違反するものとして取り扱うこと及び病因物質がクドアであることが判明した場合は、当該ヒラメを廃棄等することにより食中毒の拡大・再発防止が可能であるため、他に改善すべき内容がない場合には、営業禁止及び停止の期間の設定は不要である旨、通知しています

不利益処分と処分基準の設定と公表

行政手続法第12条に従い、近年は食品衛生関係不利益処分要綱などを公表している自治体も増えています。港区のようにすべて公表している自治体(「港区食品衛生関係不利益処分要綱・要領」で検索)もある一方で、東京都のようにHPで公表されていない自治体もあります。都区は一体性を持った処分基準により運用していると考えますが、港区の要綱・要領によれば、食中毒発生時には原則7日間の営業停止処分となっています。他の自治体が3日間の営業禁止処分が多いのに対して、かなり厳しい規定となっています。ただし、寄生虫等が原因の場合には1~6日間を減算できるよう要領に規定されています。クドアやアニサキスなどの事例では、7日-6日=1日なので、最短でも1日間の営業停止処分が命じられているものと推察します。

千葉県の処分基準(表1 B)

千葉県HPを見ると、県政情報・統計の中に「行政処分の基準」が公開されています。処分基準(くらし・福祉・健康)の中の「衛生指導」という項目の中に食品衛生法関係の処分基準が公開されています。この中の【食品衛生法】営業禁止、停止(法第60条)に、営業停止処分の期間について考慮する事項などが記載されています。今回の審査請求の裁定に基づき、営業停止処分の方法が大きく見直されたと聞いていますが、具体的な停止日数の算定方法等については掲載されていません。

埼玉県の処分基準 (表1 C)

令和2年6月埼玉県八潮市内の給食センターで未加熱の海藻サラダによる約3000名の食中毒が発生していますが、営業停止期間は3日間でした。埼玉県HPで処分基準を検索すると、埼玉県食中毒対策要綱の中に行政措置については「食品衛生法等に基づく行政処分等に係る事務処理要領」等で別に定めると記載されていますが、当該要領についてHPでは公表されていません。

京都府の処分基準 (表1 E)

令和4年9月に京都府宇治市でレアステーキ(ユッケ風)によるO157事件があり、高齢女性が亡くなる事件が報道されています。この事件では3日間ではなく、5日間の営業停止が命じられています。京都府の処分基準を検索すると、京都府食品衛生関係行政処分等取扱要領が公開されています。京都府では営業停止日数の算出に当たっては、違反区分、業態区分、動機、様態を考慮して算出しています。この事例では、死亡者が確認される前に営業停止が命じられており、食中毒事件の違反点数3点に動機の点数として重過失2点をかけて3点×2点=6点とされ、6点に対する営業停止日数が5日間であることが推察できるよう記載されています。

不利益処分の必要性の検討

食品事業者が故意に食中毒を発生させることはなく、その原因のほとんどが過失または食品原料由来の不可抗力によるものです。食品衛生法第60条は、「営業の禁停止をすることができる」と規定されていて、「禁停止をしなければならない」という規定ではありません。このため、保健所でも患者と営業者の間に立って、どのような措置が妥当か大いに悩むところだと思います。一般的に、不利益処分は公平性や事件の重大性を考慮しつつ、前例踏襲主義となりやすいものです。表1のとおり各自治体によって営業停止日数の積算方法等が異なっていることが良く解ります。前述の処分取り消し事例等は、こうした前例踏襲主義に一石を投じており、今後も同様の訴訟事件が増加するのではないかと危惧しています。

営業の禁停止処分は自治体の自治事務ですが、その必要性や方法等については、今一度再考する時期が来ているように思っています。全国の自治体での考え方や取扱い方法が平準化され、処分基準がより解り易く公表されることが必要だと考えています。

注1)「行政処分」には営業許可処分も含まれるため、行政手続法を参考に営業禁停止命令等については「不利益処分」と記載した。
注2、3)平成30年6月の食品衛生法改正に伴い法第60条と法第61条に読み替え

参考

  • 「食中毒事件に基づく不利益処分と行政手続法」月刊HACCP 2023.1
  • 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会 平成30年3月12日 資料4
  • 「食中毒処理要領」・「食中毒調査マニュアル」(最終改正:平成 25 年3月 29 日付け食安発 0329 第1号)