第12回:異物について
はじめに
飲食物に入っていた異物はそれによって他のヒトに感染したり、それによる身体的影響が拡大したりすることはありません。しかしながら、「食中毒」を"飲食物を介して起る健康障害"と定義しますと、異物混入によって起ったいろいろな健康障害は食中毒の一つと考えられます。ですから飲食物の製造業者ならびに提供者は安全、安心な飲食物であることを保証するために、異物について同じように注意する必要があります。そのために、HACCP※1あるいは5S(ゴーエスと読みます)※2というような衛生管理に対応した対策をとっていただくことが重要です。今回は人的被害を与える異物について考え、それによって派生する諸問題を書いてみたいと思います。
※1:総合衛生管理製造過程 ※2:整理、整頓、清掃、清潔、躾のこと
1)異物混入が多い飲食物
あらゆる食品で起っていますが菓子類、パンを含む穀類、弁当、惣菜類の調理食品が半数を占めています(表1)。
表1 異物が多い飲食物
菓子類 | 722件(18.9%) |
---|---|
穀類 | 688件(18.0%) |
調理食品 | 565件(14.8%) |
魚介類 | 410件(10.7%) |
飲料 | 371件(9.7%) |
野菜・海藻類 | 322件(8.4%) |
調味料 | 198件(5.2%) |
乳・卵類 | 181件(4.7%) |
肉類 | 146件(3.8%) |
酒類 | 103件(2.7%) |
果物 | 77件(2.0%) |
その他 | 38件(1.0%) |
合計 | 3,821件(100%) |
2)異物の種類
異物には様々な種類があり(表2)、(1)軟質性異物と(2)硬質性異物に分けられます。軟質性異物は虫や毛髪などですが、これによって直接に何らかの身体的な健康障害を与えるものではありません。しかし違和感、不快感などから、その後気分が悪くなったり、その食品が食べられなくなるという精神的な健康被害に発展することもあります。
硬質性異物は問題が大きくなります。即ち表2にある金属類やガラス片のような硬いものがあれば、歯を折ったり、欠いたり、口内を切ったり、刺さったり、さらに飲み込むことによって胃や腸に傷をつけたり、腸壁に刺さって手術する事態になることもあります。こうなると無視するわけには行きません。さらに製造物責任法(PL法)による解決が必要になり、人的、金銭的費用が発生します。また授業の一環として実施されている学校給食においてもほぼ同じような傾向がみられていますが,これらは調理器具や器械由来のネジ、ボルト、金属たわしの破片、石や木片などが多く、日常の点検不十分が原因と思われますので調理従事者の目による発見が大切です。
表2 異物の種類
虫 | 938件(24.5%) |
---|---|
金属類 | 279件(7.3%) |
毛 | 253件(6.6%) |
プラスチック、ゴム | 204件(5.3%) |
ガラス片 | 149件(3.9%) |
ゴキブリ | 118件(3.1%) |
石・砂 | 116件(3.0%) |
紙・糸・布 | 116件(3.0%) |
ビニール | 82件(2.1%) |
ハエ | 68件(1.8%) |
木片 | 56件(1.5%) |
刃物 | 47件(1.2%) |
ホチキスの針 | 37件(1.0%) |
その他 | 611件(16.0%) |
不明 | 537件(14.1%) |
合計 | 3,821件(100%) |
国民生活センター:1990年4月~2000年9月30日の集計
3)異物クレーム対応
異物についてのクレームが出た時の対応は非常に重要です。まずは迅速に対応することです。昆虫や毛髪など軟質性異物の大部分に直接の健康被害はないと思いますが、あくまでもその飲食物を摂取したヒト(消費者)が異常と感じるかどうかで問題となってきます。ですから提供者側が問題とならないと思ってもクレーム発生時には消費者に対する対応をきっちりしなければ、ますます問題が拡大します。これまでの軟質性異物では実害がないこと、HACCP認証制度のHA(危害)にならないことから製造側が軽く考えて早く処理しようとして問題を大きくした事例が多いように思います。少なくとも消費者は、その食品は安全、安心できるものとして、気に入った食品を選択し、見合ったお金を出して買い、食を楽しむわけですから食品によって不愉快にさせることは論外です。もちろん、応対者の言葉遣いや誠意を感じさせる言い方にも気をつけることは言うまでもありません。異物混入は不衛生食品というレッテルを貼られ、回収する羽目にもなります。国民生活センターの調査では2002年4月から2005年3月の3年間の食品の回収理由で「異物」は第2位となっています。事業者にとって企業の信用にかかわる重大な事件と考えておくことが重要です。鑑定では異物にならない「おこげ」、「脂肪の塊」なども消費者側からは異物として届けられることがありますので、このようなクレームに対しても対応の仕方を考えておきたいものです。
4)異物混入の防止策
近年の食品の製造は大量生産や大規模調理となり、自動化されてきていることから、これらの調理器械、器具、器材の日常点検と清掃、整備が非常に大切です。さらに多彩な食品を提供するために使用する食材の種類も多く、いろんな国からの輸入した冷凍や乾燥食品(食材)の使用も多く、それに至るまでの製造方法あるいは加工工程などがわからないものもあり、注意して点検する必要があります。
硬質性異物の「ネジやボルト」は器具、器械由来であり、日常の点検と整備作業に問題があり、「石や木片」は食材由来が多いと考えられますので、調理従事者の目による点検と使用前の衛生管理が欠かせません。また「毛髪」や「文房具由来」のものは、大部分が調理従事者由来か持ち込みによるものであり注意しなければなりません。また最も多い「虫」は多くの施設での防虫対策が不十分であることを表しており、これについてはこれまでの「定期的に薬剤散布」し防虫する」という古き対策や防虫灯の設置だけではなく、虫が侵入しない、虫を発生させない施設対策(Integrated Pest Management:IPM)を講じることが必要です(ペストコントロールといいます)。
HACCPでは硬質性異物をHA(危害)と考え、除くためのCCP(重要管理点)を設定することになります。金属類については金属探知機の導入が不可欠ですが、費用の面から小規模メーカーが導入できるかどうかの問題があります。また、ある大きさ以下の小さなものは探知できないので磁石の導入も必要となります。また木片や石等の探知を考えるとX線装置の導入が必要となり、ますます経費がかかります。従って、先に書きましたように軟質性異物も含めて、ヒトの目によって原材料の選別、除去を心がけることが必要です。人的由来の異物は入室前にエアーシャワー室を通る、粘着ローラーをかける、不必要な書類などを持ち込まない、ということにより防止します。もちろん業務にあった作業着、帽子、マスクを着用し、各種装飾品をつけないで作業をしてもらうように指導します。
まとめ
近年は訴訟時代といわれるように、PL法によって、多額の損害賠償を負うことになり、さらに食品・食材や製造・調理施設の衛生管理に対する企業倫理が問われ、その対応次第では企業の存続に重大な結果を及ぼします。PL法では食品製造や調理に過失がなくても使用食材に問題があり、その結果、食品に問題を生じた場合(事例:異物ではありませんが、H11.8.13.割烹料亭のイシガキダイによるシガテラ食中毒)や原材料に含まれていた異物によって調理用器具が破損(事例;ミキサーの羽根破損)したという人的以外の被害でも賠償責任が発生します。主なPL法訴訟の事例をあげておきますので参考にして下さい(表3)。
表3 PL法実例
原因食品 | 異物 | 実害 | |
---|---|---|---|
1)菓子類 | 豆菓子、飴、せんべい、ポップコーン | 草の実・小石?、ネジ、金属片、包材の一片、固いものを噛んだ | 歯の金冠を破損、差し歯がとれた 口の中を切った、奥歯が欠けた、抜歯 |
2)ハム・ソーセージ | ウインナ-ド-ナッツ、スライスハム、ポークソーセージ | 米粒大の豚骨、豚骨の小片、骨片 | セラミックの差し歯破損 奥歯を脱臼し抜歯、歯を損傷した |
3)冷凍食品 | 春巻き、タコ焼き | 歯の詰め物と見られる白いもの ガラスの破片 |
前歯2本が欠けた 口中が傷ついた |
4)漬け物 | 漬物 白菜漬け |
小石 小指大の虫 |
前歯2本を破損した 腹具合が悪くなり、救急車で病院に搬送され治療を受けた |
5)パン | クルミパン、コロッケパン | クルミの殻、石片 | 歯を損傷した |
6)製粉 | 小麦粉 | 石片 | 製麺機のロ-ルが破損した |
7)穀類 | 焙じハト麦 | 金属(ボルト) | 粉砕機の回転刃、固定刃を破損 |
含まれていた異物が原因と考えられ受傷、破損した事例
- 飲食店の従業員が冷凍のチキンカツを調理中、フライパンから異物(ころもなど?)が油とともにはね、調理をしていた被害者の右手に付着し、火傷を負った。
- 干し柿を素材とする柿菓子の加工作業の洗浄工程で、干し柿を洗浄中、干し柿に虫ピンと見られるものがついていたためそれが作業員の右手親指の爪の間に突き刺さり受傷した。
- チリ産の鰺のすり身をブレンダ-で攪拌中、混入していた金属(ステンレス製ボルトナット)により加工業者の機械(攪拌用の刃物他)が破損した。
食品産業PL共済での事故事例;共済金が支払い済の事故事例 (財)食品産業センターHPより作成
獣医師、医学博士 小林 一寛