第6回:サルモネラ(Salmonella)という細菌
小売店舗での注意点
サルモネラは平成10~17年のわが国食中毒事件における発生件数ならびに患者数では二番目に多い重要な細菌です (図)。
1989年以降に鶏卵汚染のSalmonella(S.) Enteritidisが急増し、現在もその傾向は続いています。
この細菌は家畜や野生動物、爬虫類等に保菌されていることが多く、下水、河川や沼にも生息しています。したがって動物の糞便や汚染水等からさまざまな食材を汚染し、洗浄の不完全、加熱不足や他への二次汚染などが原因となり食中毒が発生します。
畑作栽培では土壌や水からの汚染が避けられませんし、水耕栽培するスプラウト(発芽野菜)では汚染された種子や、栄養として与える使用水の汚染が原因となります。 野菜や果物は調理後に殺菌可能な加熱工程がありませんので、衛生的な食材の使用と洗浄ならびに調理作業が必要となります。外国ではモヤシなどのスプラウト(発芽野菜)、レタスやトマトなどを原因とするサルモネラ食中毒が毎年多数発生していますが、わが国においても2005年8月老人介護施設で野菜を使ったグリーンサラダによる事件がおきています(IASR,127:199-200,2006)。
近年、健康志向から生野菜の摂食、それにつながるサラダバーという食事の形態が普及してきましたが、提供する側はこれらのことを熟知の上、食材の選択と提供時の温度管理に注意する必要があります(本コラム欄第4、5回参考)。またサルモネラはいろいろなペットも保菌していることがあるので、とくに低年齢の児童などが接触したときには、きっちりと手洗いをさせることが必要です。
1999年4月に全国で市販されたイカの乾製品である「イカ菓子」(20品目がありました)による1,634人もの食中毒事件を起こしました。菓子の製造工程には乾燥のために40~50℃での温度処理がありましたが、それ以上の加熱工程はなく、イカ原材料を汚染していたサルモネラが生残し、そのまま袋詰され流通したものと考えられました。これはサルモネラが乾燥にも強いことを表しています。同様に鶏卵、特に未殺菌の卵白や液卵を使った生クリーム、ケーキ類、洋菓子も殺菌できるほどの加熱工程がなく、使用卵液と温度管理に注意が必要です。
サルモネラには2,500以上の種類(血清型といいます)があり、大腸菌属や赤痢菌属などと同じ仲間で腸内細菌科のサルモネラ属に含まれています。これから述べるような方法で名前がつけらますが、言うときには「サルモネラ」は細菌の名前ですので「サルモネラ'菌'」という必要はありません。今回はこの主要な食中毒菌について細菌学的なことを紹介します。
1.菌の名づけ方(命名法)
サルモネラ属には疾病名を付したもの、S.Typhi(チフス菌)、S.Paratyphi A(パラチフス菌)や感染宿主名を付したもの、S.Choleraesuis(豚コレラ菌)、S.Typhimurium(ネズミチフス菌)、S.Abortuseqi(馬流産菌)などがありますが、現在は最初に分離された地名をつけることになっています。わが国の地名ではS.Sendai;仙台、S.Narashino;習志野、S.Nagoya;名古屋、S.Miyazaki;宮崎、S.Onarimon;御成門、S.Mikawashima;三河島、S.Itami;伊丹などがありますが、これは名誉なのか不名誉なのでしょうか?'ほかにS.Ibaragi;イバラギ'というものもありますが、どうしてこの名前がついたのでしょうか?これについては後にいきさつを紹介します。
2.大まかな分類の仕方(菌種と亜菌種)
現在、サルモネラはSalmonella entericaとS.bongoriの2菌種に分類され、前者はさらに生化学的性状と遺伝学的性状から6つの亜種(subspecies)に分けられています(表)。これまではS.choleraesuisを菌種名とする説がありましたが、種名と血清型が同じで混乱する恐れがあることから、国際腸内細菌委員会ではこれまで血清型に使用されていないS.entericaに統一し、これの代表株(type strain)には下記のS.TyphimuriumのLT2株があてられています(Le Minor & Popoff,1987)。
3.一般的な呼び名(血清型)
サルモネラの菌体に存在する2つの表面構造、一つは菌体抗原(O抗原とも言います)、もう一つは鞭毛抗原(H抗原)、の免疫学的相違によって血清型別されます。
O抗原は一般にO群(group)に統一してO2群あるいはA群、O4群あるいはB群、O9群あるいはD群と言うこともあります。このO群は耐熱性の糖脂質(lipopolysaccaride)で、構成する糖の変異によってラフ型(不可逆的な変異で型別のための特異的なO抗原が無くなる)になります。
H抗原は菌の運動器官である鞭毛を構成するタンパク質で易熱性です。H抗原には遺伝学的に異なった複数の抗原を有しているものがありますが、これらは複相性(diphasic)と言われ(その抗原を1相あるいは2相という)、人為的に相互に変換することができます(相転換という)。一つのものは単相性(monophasic)といわれ2相がありません。
O抗原(算用数字)とH抗原(アルファベットの小文字と1,2,5,6,7など)の組み合わせによって菌株の抗原構造が決められ、S.Paratyphi A(パラチフス菌)はO2:a:-、S.Typhimurium(ネズミチフス菌)は O4:i:1,2、S.Enteritidis (腸炎菌)はO9:g,m:-のようにOとH抗原をコロン(:)で結んで表します。
多くの亜種群Ⅰでは分離地名などの固有名をつけて血清型(serovar)として呼ばれます。亜種群Ⅱ~ⅥはS.Ⅱ 47:b:1,5やS.Ⅳ 16:Z4Z32:-のように抗原構造で表すようになっています。(-)は2相が無いことを示しています正式な記載は"ネズミチフス菌"はSalmonella enterica subspecies enterica serovar Typhimurium、"腸炎菌"はSalmonella enterica subspecies enterica serovar Enteritidis ですが、長いのでS.はイタリックにし、血清型はローマン体で記載してS.Typhimurium、S.Enteritidisとすることも認められています。
なお、以前の記載法である全てイタリックのS.typhimurium、S.enteritidisを採用している国もありますが同義語として扱われます。全てのサルモネラ血清型はKauffman-Whiteの抗原構造表に記載され全世界で使われています。
4.病原性
サルモネラ属菌は約2,500以上の血清型があり、このうち約1,500(約60%)以上は亜種群ⅠのSalmonella entericaに含まれていますが、他の亜種群とS.bongoriは以下のいずれかに含まれています。病原性には、
- (1) 動物のみに病原性を示すもの
- (2) ヒトに39℃以上の高熱が持続するチフス性疾患を起こすもの
- (3) ヒトの下痢症や食中毒の原因となるもの
(1)にはS.Abortusequi(馬流産菌)、S.Abortusovis(羊流産菌)、S.Typhisuis(豚パラチフス菌)、S.Pullorum(ヒナ白痢菌)、S.Gallinarum(鶏チフス菌)、S.Abortusbovis(牛流産菌)などがあります。これらはヒトの下痢となることは極めてまれですが、各家畜、家禽では致命的な疾患を起こしますので、家畜の指定もしくは届出伝染病菌となっています。
(2)にはS.TyphiやS.Paratyphi Aがあり2類感染症原因菌となっています(近いうちに施行される改正感染症法では3類に変更されます)。
(3)にはS.bongoriと(1)(2)以外の多くの血清型がありますが、S.CholeraesuisやS.Sendaiなどはヒトにチフス様の症状を呈することが多い血清型で、S.TyphimuriumやS.Enteritidisなどは重篤なチフス様症状から軽い下痢までのいろいろな程度の病原性を示し、無症状のまま保菌状態で済むこともしばしばみられます。
5.S.Ibaragiというサルモネラ
サルモネラの命名は分離された地名をつけるのが原則ということは上に書きましたが、この名前はどうでしょうか? わが国には「イバラギ」という県や市はありません。茨城県民や茨木市民の方々が気にされている「イバラキ、Ibaraki」ではないのです。命名の基になった論文(1982年公表)によれば、この菌は茨城県にある国立家畜衛生研究所(現在は(独)動物衛生研究所)において、他県で製造された家畜の飼料(ミートミール)から分離され、各種性状と抗原構造を調べた結果、これまでに報告されていない新種の血清型と分かり、分離地を「Ibaragi Prefecture」として命名し、公表されたことによると思われます。その論文のタイトルは「A new Salmonella serovar: Salmonella ibaragi (21:y:1,2)」です。
全くの想像ですが、当時は命名の取り決めが厳格ではなく、単に固有名詞として付けたのかも分りません。なお本菌を正確に書けばSalmonella enterica subspecies enterica serovar Ibaragi(S.Ibaragi)です。
(注) 文中、サルモネラ血清型名の後の( )内は和名です。
獣医師、医学博士 小林 一寛