熱中症コラム

職場の熱中症対策と労働安全衛生

低血圧リスクと朝礼での体調チェック

 職場の熱中症対策として、朝礼時などには、当日に予想されるWBGTとともに、「数日前から体調不良や立ちくらみはないか」、「朝食や水分は毎日摂れているか」、「降圧薬や利尿薬を服用していないか」といったセルフチェックを習慣化することが推奨されます。本号では見落とされがちな「低血圧」と熱中症のリスク、正しいWBGTの理解、そして医学的・生理学的視点に基づいた適切な飲料補給と現場での体調確認のポイントを詳しく紐解きます。

1.WBGTとは何か

 WBGT(湿球黒球温度:Wet Bulb Globe Temperature)とは、主観的な体感温度と異なり、熱中症予防を目的に新たに開発された暑さ指標で、人体にかかる暑さの負担度です。WBGTは①湿度、②日射・輻射熱、③気温の3要素から決まります。WBGTが上昇すると、熱中症は指数関数的に増加します。屋外では湿度+日射+気温、屋内では湿度+輻射熱(倉庫や体育館の屋根、窓、壁、床など)の影響を強く受けると言われています。なお、汗の蒸発(体熱の放散)には湿度の影響が最も大きいとされています。日射とは直射日光(太陽光エネルギー)で、熱を伝える赤外線と日焼けにつながる紫外線、そして目に見える可視光線を指します。輻射熱とは熱を持った物体から電磁波(主に赤外線)として放出されるもので、代表例は芝生・アスファルト・工場内の炉などから出る熱エネルギーです。


人の体の熱収支に与える影響の大きい熱のイメージ


2.血圧が下がると熱中症にかかりやすい


 最新の疫学的研究によると、血圧が低いのは高いのと同等に死亡率が高まると報告されています。特に暑熱環境では血管の拡張が進み、血圧が低下しやすく、100程度にまで下がっていると、脳や筋肉への血流が不足し、人によっては循環不全(熱中症の初期症状)を呈します。特に注意が必要な人は、低血圧の人、降圧薬(利尿薬など)を服用している人、発汗量の多い屋外労働者や運動選手などです。脱水状態では、座位や臥位から急に立ち上がった際に血圧が低下する「起立性低血圧」を起こしやすくなります。その結果、転倒、失神、意識障害につながることがあり、熱中症の重症化リスクも高まります。



3.飲料補給の重要性


 熱中症対策として「水の補給だけで十分」という見解と、「水+ナトリウムなどの電解質を補給すべき」という見解があります。前者の考え方は、日ごろから塩分を多く摂っているため、発汗しても補給は必要ないというものです。後者の考え方は、運動生理学・労働生理学の理論に基づくもので、運動時・労働時には大量の発汗とともにナトリウムも体外に放出され、水だけでの補給では体内の電解質(ナトリウムなど)の濃度が低下し、それが原因で頭痛、筋痙攣、横紋筋融解症(茶褐色の尿)、高カリウム血症などが起き、重症になると重篤な不整脈、錯乱状態、意識障害、呼吸停止に至る例もあると言われています。なお、ナトリウムは元素の一つで、塩分は主に食塩(塩化ナトリウム)を指します。



4.補給飲料の摂り方


 のどの渇きを感じた時点で、すでに軽度の脱水が始まっていることがあるため、起床時、食事時、外出前、労働時、運動前後、入浴前後など、時間を決めて飲むことが推奨されます。量は100~150mLを、平常時なら30分~1時間間隔で、高温環境での作業時・肉体労働時・運動時なら15~30分ごとに補給しましょう。発汗量が多い場合、スポーツドリンク、経口補水液、または水+塩分を含む食品(塩飴・塩タブレット・サポリテなど)が勧められます。肉体労働時やスポーツ活動時には体重を測定し、マイナス1㎏に対して1~1.5 Lの水分(+塩分)補給が目安です。



5.朝礼時の体調確認


 当日のWBGTが例えば28℃未満、気温が30℃未満であっても、前日までの身体的疲労、睡眠不足、アルコールの過剰摂取、下痢、嘔吐、水分の補給不足などがあれば、また朝礼の当日に欠食や頭痛、めまい、立ちくらみがあれば、午前の屋内作業中に、あるいは夜中や朝方に熱中症を発症するケースがあります。上記のような危険因子を有していないか、毎日の朝礼で社訓の唱和や行動指針を一同で声に出すことがあるように、熱中症対策の1,2,3を各社なりに唱えて防止に努めることも重要です。


6.総務・労働安全衛生担当者の役割

 熱中症の発症要因は多種多様であるため、前述の危険因子のチェックや当日に予想されるWBGTとともに、性・年齢・疾患の有無・服薬の種類、職場や自宅などでのクーラーの使用、必要に応じて冷却グッズ(クールリフレ・クールミストなど)の使用を徹底するといった注意喚起が必要と思われます。薬については主に利尿薬や糖尿病薬に留意すべきですが、各自が服用している薬の影響性について主治医または薬剤師に確認することが必要です。また、休日や夏休み中の海水浴、野外キャンプ、登山、そしてゴルフやテニス、ジョギングなどでは熱中症にかかるリスクが著しく高まることと同時に、対策としての水分や塩分の補給、体調管理の重要性を周知しなければなりません。



vol9.職場の熱中症対策と労働安全衛生 〜低血圧リスクと朝礼での体調チェック〜

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PROFILE

田中 喜代次 先生

筑波大学名誉教授/教育学博士(スポーツ医学・健康増進学)
筑波大学大学院体育科学研究科修了
大阪市立大学保健体育科講師、筑波大学体育科学系助教授、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学教授を経て 現在に至る。

アメリカスポーツ医学会フェロー(FACSM)
日本介護予防・健康づくり学会会長、日本健康支援学会元理事長、日本メディカルフィットネス研究会元会長、健康支援事業のコンサルティングサービスを専門的に提供する株式会社THFの代表も務める。

アメリカスポーツ医学会優秀賞
日本体力医学会優秀賞
秩父宮記念スポーツ医学・科学賞奨励賞