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専門家コラム

小林先生情報館

第3回:腸管出血性大腸菌O157と他の下痢原因の大腸菌について(その2)

今回は、第2回の『腸管出血性大腸菌O157と他の下痢原因の大腸菌について』続きです。 第2回で説明しました腸管出血性大腸菌(EHEC)以外の下痢起病性大腸菌について説明します。

(2) ETEC

この大腸菌は、下痢の原因となる腸管毒(エンテロトキシン)を培地中に産生することから毒素産生性大腸菌とよばれます。毒素には60℃・10分の加熱で無毒化される分子量86,000のタンパク質性の易熱性毒素(heat-labile enterotoxin、LT)と、100℃・10分でも破壊しない分子量2,000ー5,000のポリペプチド性の耐熱性毒素(heat-stable enterotoxin、ST)の2種類があります。それぞれにはさらに型の違ったものが区別されています。

ETECの下痢はコレラに似た水様性下痢を起こし、発熱は無いかあっても軽いことが多く、わが国では熱帯、亜熱帯で衛生環境がよくない地域に旅行した帰国者の下痢症、いわゆる"海外旅行者下痢症"の原因となっていることが多いです。このように外国を旅行した下痢患者を対象とした糞便検査では必ずこの菌を検査しなければなりません。これらの国では飲料水をはじめとする生活用水が汚染されており、魚介類、サラダなどの野菜、果物、氷などの汚染が指摘されていますので、生ものの摂取は避けなければなりません。

下痢起病性大腸菌の中ではLTとSTの有無を簡便に実施できる試験法が開発されていますので、多くの検査室でよく行われています。本菌感染症で死に至ることはありませんが、年少者や老人の患者ではとくに脱水症状に注意が必要です。

(3) EIEC

このグループ゚は大腸菌に特徴的な性質である運動性がなく、乳糖分解能を持たないため赤痢菌との鑑別が極めて困難で、よく誤って赤痢菌と同定(菌種の決定)されます。両者は遺伝学的に同じものと考えられています。症状も細菌性赤痢と同じく発熱、腹痛をみることが多く、粘血便を特徴とし、海外旅行後の下痢症からしばしばみられます。感染部位は赤痢菌と同じく大腸で、腸管粘膜上皮細胞へ侵入し、そこで増えて粘膜の壊死、剥離が起こり粘血便を現すものと考えられています。その病原因子である細胞への侵入性試験は、煩雑な方法(実験動物や培養細胞を使用する方法)しかないので一般の検査機関では実施されておらず、どの程度患者発生があるのか実態は明らかではありませんが、国内発生はそれほど多くはないと思われます。

感染症法では赤痢菌による下痢症は2類感染症、本菌による下痢症は赤痢と類似していても5類感染症となり行政的な扱いが違うので、両方を間違いのないように同定する必要があります。同定に際して侵入性試験が必要となる場合がありますので、同定に迷うところがあれば、保健所もしくは衛生研究所に相談してください。

(4) EPEC

あまり発熱がみられない年少児、学童の水様性下痢を起こします。ETEC、EIECのような毒素産生や細胞への侵入はなく、病原因子や病原的機序はまだよくわかっていません。特定のO(オー)抗原に属する大腸菌のグループで、診断用の型別用血清が市販されており、よく検査が行われていますが、この大腸菌と同定された中には、健康者が高率に保菌しているものもあり、果たしてその菌が下痢の原因となっているのかどうかが明らかではないのが問題です。最近、EPECに同定されたO抗原の中に、毒素産生株や次の(5)EAECと同じ細胞付着性をもつ株があり、また上に述べましたようにまだ病原因子がわかっていないので、他の下痢起病性大腸菌のような病原性の検査ができないことが混乱の原因となっています。

このグループの大腸菌の病原因子の一つとして、次のEAECで述べている限局性付着を示す因子を保有しているものが多いといわれていますが、保有しないものも多数あり、それらを別に分類するのか、その扱いをどうするのか、いずれにしても病原因子によらず血清型別によって検査するところに問題があると思われます。

(5) EAEC

腸管内壁の粘膜上皮細胞に強く付着して細胞自身に影響し、何等かの毒性物質あるいは細胞傷害物質を作る(あるいは作らせる)結果、腸絨毛が壞死、剥離して水分の吸収が阻害され下痢をおこすと考えられている大腸菌を、解説上このグループにまとめましたので、将来はいくつかに区別され、分類されるものと思われます。

この付着の様式にはそれぞれ別個の遺伝子によって制御されている付着性、すなわち

  1. (1) 細胞に密集して付着する限局(localized)型
  2. (2) 細胞表面にちらばって付着する散在(diffuse)型
  3. (3) 細胞表面に細菌同士が積み重なったような塊を形成する凝集(aggregative)型
があり、それぞれの性質を有するものを限局付着性大腸菌(localized-adherent E.coli、LAEC)、散在付着性大腸菌(diffused-adherent E.coli、DAEC)、凝集付着性大腸菌(aggregative-adherent E.coli、EAggEC)といいますが、まだ確立された分類とはなっていません。

下痢起病性大腸菌について数種類の付着因子に関連している遺伝子(aggR、eaeA、bfpA)保有状況を調べてみると、EIEC以外では付着因子を保有しているものと保有していないものが存在します。またEAggEC型の付着因子(aggR)を持っているものの中に、ETECの耐熱性毒素(ST)と類似したST様毒素(EAST;astA遺伝子が関係する)を産生しているもの、毒素をもっていない菌があります。また毒素遺伝子のみが認められるものなど、さまざまな菌があります。さらに複数の付着因子を保有するものもあって付着因子が下痢発生にどのような役割を担っているのか、EHECやETECなどは付着因子がなくても毒素産生だけで下痢発現がみられるのか、病原機序からも明らかにしなければならない問題が多くみられます。これらの問題を早急に整理し下痢起病性大腸菌の分類を確立することが検査における混乱を解決するものと思われます。

2.食中毒発生時のいろいろな検査

1) 下痢起病性大腸菌の同定

大腸菌の検査法は、一般的な培養検査によって大腸菌であることを同定します。次いで上記しましたように下痢起病性大腸菌は

  1. (1) 産生する毒素
  2. (2) 細胞への侵入性
  3. (3) 付着因子の種類
  4. (4) O血清型別
によって検査することになります。

病原因子を調べる方法には

  1. (1) 実験動物使用
  2. (2) 培養細胞使用
  3. (3) 免疫学的方法(抗原ー抗体反応)
  4. (3) 遺伝学的方法
があります。

(1)は動物愛護からの問題があり、日常から動物や細胞を常に使用できる状態に維持すること、さらに(1)、(2)は実験法が煩雑で、検査感度が低く、判定までに時間がかかるなどからあまり行われなくなっています。

(3)は病原因子、たとえば毒素に対する抗体を使用してその毒素を検出したり、毒素の作用(活性といいます)を抗体によって中和するなどを行い積極的に毒素そのものを調べる方法と、患者から採血した血清中に下痢毒素に対する抗体が認められるかどうかを調べる方法があります。前者は抗原となる毒素の精製が必要で、後者は感染しても必ず認められるとは限らないことや、抗体上昇までに10日以上かかるなどの問題があります。

そこで近年は、病原因子を制御している遺伝子や関連をもつ遺伝子を迅速かつ簡便に証明できる(4)による検査法が多く行われています。本法は非常に高感度で、特異性が高く、病原体を死滅させて実施できるので安全ですが、日常検査法としてはコスト高になること、遺伝子は保有しているだけで形質発現していない可能性を否定できないこと(例えば毒素を作る遺伝子があるが実際に毒素を作っているかどうかがわからない)がこの検査法の難点です。しかしながら小児や老人での下痢症は、脱水症などを併発し重篤となることがあるので迅速性が求められることから、症状や他の微生物検査状況を考慮して総合的に判断することにより遺伝子検査法は有用な検査法と思われます。

2) 疫学解析のための検査

食中毒事件発生のときに患者が同じ原因で食中毒を起こしたのかどうか、複数の地域で同時期に事件が発生したとき両事件の間に関連性があるのかどうか、使用した食材、食品に関連がないのかどうか、などについて明らかにする必要があります。

このような場合に疫学調査、疫学解析といって、患者が同じ食品を食べたかどうか(多種類の食品がある場合にはそれぞれ食べた人数と状況を調べてその関連をみます)、食品から検出した細菌は同じ菌種であるかどうか、その原因細菌が毒素型、薬剤感受性型、血清型、生物型などが同じ性状(性質)であるかどうかをできるだけ詳細に調べます。

さらに近年は細菌の遺伝子の構成(遺伝子配列)に違いがあるか、ないかを調べるパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)という遺伝学的方法を用いて、相互に関連がない地域で発生した食中毒事件から分離した細菌の遺伝子型(PFGE型)を比較して判定することが行われています。同じ原因で起こった食中毒事件であるならば、同種類、同じ性質、同じPFGE型の細菌であるはずです。近年、食中毒や感染症、とくに院内感染事例ではよく行われており、その有用性が確認されています。

このような疫学解析が必要なときは保健所もしくは衛生研究所に相談して下さい。その時のために検出した細菌はしばらくの間カシトン培地かドルセットの卵培地などに保存することをお勧めします。

以上、2回連続して下痢起病性大腸菌について説明しましたが、このグループに属する大腸菌は極めて多く、同定するのに多くの試験・検査が必要なことから煩雑で、費用もかかるためあまり検査は行われていないと思います。今後、他の食中毒菌も含み、一度の検査で多菌種の同定が可能となるDNAマイクロアレイ(チップ)法などの遺伝子検査法の開発が望まれます。

獣医師、医学博士 小林 一寛