SARAYA 企業・法人向け

Home > sanitation > 専門家コラム >  小林先生情報館  > 第2回:腸管出血性大腸菌O157と他の下痢原因の大腸菌について(その1)

専門家コラム

小林先生情報館

第2回:腸管出血性大腸菌O157と他の下痢原因の大腸菌について(その1)

健康なヒトや動物の腸管内には各種の微生物からなる正常細菌叢が形成されており、それが消化を助け、日常の飲食物とともに侵入した少量の病原微生物の感染を予防し、ビタミンなどの微量栄養素を供給してくれるなどと有益に働いていることはよく知られています。その構成細菌には大腸菌(Escherichia coli, E.coli)も含まれており、小腸の末端部(回腸)から盲腸部に最も多くみられ、それより上部や下部の大腸にはやや少量となっています。細菌叢を形成する細菌類は生後まもなく新生児の腸管内に定着し薬剤服用などによって一時的に消えることがありますが、中止後速やかに元に戻り消えることはありません。

大腸菌がヒトの病気に関係していることが明らかになったのは1930年代で、下痢腸炎との関連でした。その後の調査・研究によって敗血症や尿路感染など腸管系以外の感染症の原因ともなっていることが分かりました。ところがこのような有害な(病原性の)大腸菌と正常細菌叢を形成しているものとを区別することは、簡便に行える検査法がないこともあって全てについて調べることは容易ではありません。

ここでは平成8年以来有名になった腸管出血性大腸菌O157を初めとして下痢症や食中毒を起こすいろいろな大腸菌について紹介します。古くからよく知られている有名な「大腸菌」でも、まだまだわかっていないところが多いということがおわかりいただけると思います。

下痢起病性大腸菌とは

下痢起病性大腸菌は、大腸菌のうち下痢を起こす大腸菌のことをいいますが、下痢に関連した因子(病原因子)あるいは下痢の起こし方(病原的機序)から、現在のところ表1に示した5種類に分類されます。一部についてはまだ確立した分類にはなっておりません。

大腸菌は運動性があるサルモネラなどの細菌と同様に菌体(O)抗原と鞭毛(H)抗原の組み合わせによって血清学的に型別されますが、181種のO抗原と56種のH抗原が知られています(欠番があります)(下記画像参考)。下痢毒素を作ったり、腸管の細胞を傷害してその結果下痢を起こすという機序が明らかにされているものは検査が可能ですが、表1のうち(4)EPECは病原因子が明らかではなく、過去に発生した下痢患者からの大腸菌のO抗原が数十種類の決まったO型にまとまりましたので、診断用型別血清で検査されることになっていますが、現在では本当に下痢原因となるのかが疑わしい菌株も含まれています。

また(5)EAECは最近になり下痢原因菌として注目されてきたもので、細胞への付着(接着ともいう)が引き金となって下痢を起こすといわれているものです。しかし付着因子のほかにEHECやETECなどと同じ毒素を産生するものがあって、まだ分類上はっきりしていない大腸菌のグループです。今後研究が進展すれば変更となるものと思われます。

ここからは、それぞれの下痢起病性大腸菌について説明します。
まずは、腸管出血性大腸菌(EHEC)です。

(1) EHEC(またはSTEC)

呼び名の由来は?

この大腸菌は1982年アメリカ合衆国ミシガン州とオレゴン州で発生した集団食中毒事例の患者から分離されたのが細菌を研究していた人たちに知られた最初です。患者の症状はそのときまでの大腸菌による下痢と違って成人にも血性下痢(肛門から大量の出血するような状態)を起こす危険な新型の大腸菌であると分かりました。

病原性について調べた結果、この大腸菌はサルの腎臓由来の細胞であるベロ(vero)細胞に壞死性変化をおこす毒素を産生することから、その毒素をベロ毒素とよび、菌の名前もベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)と命名されました。後にその毒素が志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae 1型)の志賀毒素(Shiga toxin;Stx)と免疫学的に類似しているということから志賀赤痢菌様毒素(Shiga-like toxin、SLT) 産生性大腸菌となり、さらに後の研究で志賀毒素と同じであることがわかり学問的に志賀毒素産生性大腸菌(Shigatoxin-producing E.coli、STEC) と呼ばれるようになりました。

ヒトに大腸細胞壞死による大量の出血や腎の糸球体を傷害して起こる腎不全による溶血性尿毒症症候群 (HUS)などの重い症状をひきおこす原因はこのベロ毒素(以下VT)の作用と考えられています。後述の(2)ETECが作る毒素(LT、ST)は産生せず、(3)EIECのような腸管細胞への侵入性も認められません。

わが国でこれまでに分離されたEHECのなかで最も多い血清型はO157ですが、最近はO26が増加の傾向にあります。O型は60種以上みられ、O、Hの組み合わせた血清型では200種以上が知られています。まだ原因が解明されていませんがO157:H7は重症例が多く、老年者や年少者では合併症を併発し、致命的となることがあり注意が必要です。

ベロ毒素とは?

VTは熱で破壊されますが(易熱性)、ヒトに対する作用は細菌毒素の中でも破傷風毒素やボツリヌス毒素と同じでフグ毒よりも強い自然界では最強の部類に属します。

志賀毒素は赤痢菌の染色体上にある毒素遺伝子が関係しています(制御されています)が、EHECのVTは大腸菌に感染するウイルスであるバクテリオファージが保有している遺伝子(DNA)によって運ばれ、そのファージが感染すると毒素を産生する性質を得ることになります。このような遺伝子は本来大腸菌が持っていないもので外来性遺伝子と言われています。したがってこの毒素遺伝子をもったファージに感受性のある細菌はVT産生株に変化する可能性があります。毒素には大きくVT1とVT2の2種類があり、後者はさらにいくつもの亜種があります。またEHECには(5)EAECと同じ付着因子を保有するものがあり、保有しない株との病原的な違いがあるのかなどの解明も注目されています。

O157:H7の出現

O157:H7の出現は本当に突然で、アメリカでの事件発生時は検出された経験が無く、新型の大腸菌とされましたが、過去に患者から分離され研究室で保存していた大腸菌を検査しなおすと、アメリカでは1973~82年に分離された3,000株以上中にわずか1株、カナダでは1978~82年の2,000株以上に6株、イギリスでは1978~83年の15,000株以上に1株が認められた程度の珍しいものでした。

日本でのO157の出現

わが国での調査は、症状がきわめて激しい血性下痢を起こす大腸菌と言うことから、アメリカの集団食中毒事件の原因菌を入手してから国立予防衛生研究所(現在の感染症研究所)と数ヶ所の衛生研究所で開始されました。その菌株の性質を調べ、ソルビトールという糖(炭水化物)を分解しない特徴を持つことが分かり、他の大腸菌との鑑別を容易にするため、DHL培地に含まれている乳糖と蔗糖をソルビトールに置き換えたDHSという選択分離培地を作成し、市販品がなかったのでO157診断用血清も作成して行われました。

わが国で最初のO157の患者由来株は、1984年8月22日、大阪府吹田市在住の兄弟が強い腹痛と水様性下痢で発病し4日目には血性下痢になったため受診しましたが、その一人から検出したものです。初診時に糞便検査を受けましたが、それまで知られていた下痢原因菌は検出されず、原因不明下痢症として処理されておりました(当時はEHECの存在がわかっていないのでベロ毒素やO157検査は実施していません)。私の前職場(大阪府立公衆衛生研究所)では検査を行った糞便は約1年間冷蔵保存していましたので、それを用いて'さかのぼり調査'を行いました。兄弟の糞便もその中にあったものですが、1985年1月に再検査した結果、弟(2才10ヶ月)の糞便からO157:H7を糞便1gあたり16万個検出されました。弟は血性下痢と腹痛がありましたが、入院せずに投薬によって回復しました。兄(5才)は同じ日に発病し、腹痛が激しく、血性下痢などの症状が継続したため入院しました。下痢が始まって10日目頃からは下肢や眼瞼に浮腫が出現し、その3日後には全身の浮腫、尿量の減少(乏尿)、タンパク尿、血尿がみられ、この菌の典型的症状(溶血性尿毒症症候群)を思わせる「腎外症候性腎炎」という診断名がついていました。しかしO157は検出できませんでしたが、ベロ毒素活性を中和する抗体が培養細胞の試験で確認されました。(病原微生物検出情報6(4),1985に発表、毎日新聞夕刊,1996.8.2.)。

上にも書きましたがこの菌の呼び方ですが、腸管出血性大腸菌(EHEC)は厚生省(現在の厚生労働省)が、本菌の注意を促す通知文で使用したもので、ベロ毒素(VT)とともに現在でも行政上使われています。またEHEC患者は3類感染症といって診断した医師の届出が義務付けられ、菌の保有者は直接食品に触れてはいけないなどの就業制限があります。また、復帰などについても医師、保健所に相談するのがよいと思います。

日本で集団発生したO157

わが国での集団発生の最初は、1990年10月の埼玉県浦和市で319名が患者となり2名の園児が亡くなった事件です。原因は園が以前から飲用にも使っていた井戸がひび割れし、近くのトイレの汚水が流入していたために発生したことが明らかになっています。おそらくトイレを使用したヒトによって園内に持ち込まれたものと考えられます。その翌年には大阪市の保育園で161名の患者が発生した原因不明の事件がありました。以後も毎年、1~3例の集団発生が報告されていましたが、あまり問題にならず、ついに1996年5月に岡山県・邑久町、6月に岐阜市、広島県・東城町などで、7月には堺市などの小学校をはじめとした全国各地での大発生に至り様相が一変し、患者差別、消毒薬の不足など様々な社会問題を提起することになりました。

まれにしか検出されない珍しい菌であったO157:H7も大きな集団発生を起こした後の下痢患者からの検出率は、アメリカでは0.46%、カナダでは0.6~3.1%で、血性下痢患者に限るとアメリカ、11州の20ヶ月に76名中28名(36.8%)、カナダ・カルガリでは2年間の137名中55名(40.1%)、6ヶ月間の125名中19名(15.2%)というように非常に増加をしています。

またわが国では私たちがO157を最初に検出した1985年以降1989年までの間に、大阪府下の医療機関に下痢を主症状として内科と小児科の外来を受診した5,552名を調べた結果11名(0.2%)からEHEC,O157を検出し、すでに珍しい細菌といえるものではありませんでした。ほとんど血性下痢の患者から分離されたものでした。

後で述べますが、O157に同定されても同じO157かどうかは菌の遺伝子型(PFGE型)をみて行いますが、1996年に全国的に多発したO157とそれ以前に私たちが分離したO157のPFGE型が違うことから、この菌はかなり以前からいろいろな汚染源があって、散発的な感染を起こしていたのではないかと考えられます。またそれらがどこから来たのか興味のあるところですが、私たちが調べた結果では少なくともアメリカ・ミシガン州でのO157とはPFGE型が違うということが解っています。

現在では集団発生は減少し主に散発的に毎年1,000人程度のO157発生届けがあります。これまでにO157やO26をはじめとするEHECは食肉、メロン、和菓子、漬け物など色々な食品、牛、豚およびそれらの堆肥、ハエなどから分離されていますので、十分な加熱調理と丁寧な洗浄、二次汚染防止対策を実行し、食中毒の発生を予防する必要があります。

次回はEHEC以外の下痢起病性大腸菌について紹介します。

獣医師、医学博士 小林 一寛