専門家コラム

小林先生の情報館

第13回:スーパー耐性菌,アシネトバクター・バウマニについて

最近、アシネトバクター・バウマニというあまり聞いたことがない細菌による記事が出ていましたが、どのような細菌で、どんな病気を起こしたのでしょうか? また今後どのような問題が懸念されるのでしょうか。

「どういう細菌か」

グラム染色性陰性で運動性がなく、ブドウ糖を利用しない短い棒状の形をした細菌(桿菌)で乾燥に強い性質があります。アシネトバクター属には21菌種が分類されていますが、ヒトに病気を起こす大部分はAcinetobacter baumannii(アシネトバクター・バウマニ、以下AB菌と略します)といわれています。今回紹介する感染症もこの細菌によるものです。

「どこに生息しているのか」

普段は人の足指の間、わきの下や皮膚、環境中のほこり、土壌など日常の生活環境中に生息しています。また病院や施設内のさまざまなところにも存在しており常に清潔な衛生状態を確保することが必要です。特に温暖で湿潤なところを好み、ヒトの皮膚でも汗をかきやすい夏季のほうが冬季より保菌率が高くなっています(表1)。ですから抵抗力の低下した患者、免疫不全患者や広範囲に火傷や創傷を受けた人が収容される重症患者の集中治療室(ICU)、人工呼吸器やカテーテルを使用している患者などの病室では、とくに病院外からの持込や医療従事者からの感染にも注意が必要です。

「どういう病気の原因か」

アシネトバクターは健常者に対しては病原菌としての心配はほとんどありませんが、なんらかの基礎疾患で抵抗力が減少した易感染者や年少者、高齢者に対しては、治りにくい重症の病気をおこすことがあり(日和見感染)、俗に"平素無害菌"といわれます。

感染症には、肺炎、尿路感染症、髄膜炎、敗血症などで創傷部(外科手術部位を含む)や火傷部から感染します。具体的には,長期間の血管カテーテルの留置(装着)部から血液中に侵入し全身感染を起こして重篤となる院内感染、外科手術患者や外傷を受けた患者の傷口から感染し髄膜炎や腹膜炎などさまざまな感染症の原因となります。時にはICUの患者間で集団感染を起こすこともあり、医療施設では常に注意が必要な細菌です。

「これまでの感染事件例」

2008年10月からの3ヶ月間に、福岡県の大学病院・救命救急センターのICUで23名が肺炎になりました。事件の発端は、韓国滞在中に感染,発病して集中治療を受けていたのですが、状態が悪化したため帰国して大学病院のICUに入院(10月20日)した患者と考えられました。その後の感染拡大の原因は、患者が使った人工呼吸器の装着器材を感染症対策として決められたマニュアルにしたがって消毒した後、再生使用していたことによると考えられました。それは最初に多剤耐性のAB菌を検出したのは先の患者であること、また院内の調査によって消毒済みの器材や、人工呼吸器装着後の患者2名からも同じ薬剤耐性を持っているAB菌が検出されたことからで、再使用を中止し個別使用に切り替えたところ患者発生はなくなったことからです。恐らく消毒が不完全でAB菌が生き残っていたか、室内に生息していたAB菌が次々に汚染をしていったのではないかと思われます。23名の感染者のうち4名が亡くなりましたが、2名は死因との関連は否定されたのですが、他の2名は死因との関連は否定できないとの結論をしています。

この菌は多数の抗生物質に抵抗性を持った耐性菌であることが多いので、治療に際して難渋することが多いといわれています。福岡県での菌株は一般の治療薬である2剤(スルバクタムとカルバペネム)に耐性でしたが何とか使える薬剤がありました。

この事件以後、「スーパー耐性菌、国内で初確認=海外からの流入に懸念-千葉」(時事通信,平成22年4月7日)「超多剤耐性菌、国内初確認 船橋市の病院、20代患者」(西日本新聞,平成22年4月8日)、というような少し驚かされるタイトルが出ていました。実はこの患者も米国で骨折し入院治療を受けていましたが、2009年7月上旬に船橋市立医療センター(千葉県)へ転院してきました。治療していても容態がよくならないので薬剤感受性試験をしたところ国内で使用されるすべての抗生物質に抵抗性を持っているAB菌であることがわかり(汎薬剤耐性株、pan-drug resistant strains)、上記のようなタイトルになったようです。このようなAB菌が今後も海外から侵入してくる恐れがあり、さらにこれらの耐性機序はAB菌から別の細菌に伝達する(移す)ことが可能な遺伝子によっているので、国内に定着してしまうと耐性化したほかの細菌感染症の治療にも重大な影響が出てくることが考えられますので、常時監視をしながら早急な対策の確立が望まれます。

近年、イラクやアフガニスタンへ派遣され、傷を負ったアメリカ、イギリス、カナダ軍兵士がAB菌に感染し、治療を受けていたにもかかわらずさらに重症化して多数の死者が出て問題となりましたが、多くの薬剤に耐性のAB菌が血液中に侵入し菌血症や敗血症によるもので、その死亡率は75%という高率であったといわれています。

抵抗力のあるヒトではほとんど心配することがない細菌ですが、大きな傷を受け抵抗力が減弱したヒトには生命を脅かすような病気の原因となることから、欧米では重要な細菌として認識されています。しかしわが国ではまだそれほど発生がないことからあまり関心がない様に思われますが、小児科で集団発生した事例もあり、糖尿病患者、肝硬変患者、アルコール依存症患者、高齢者など普通の生活をしているヒトにおいても,時には重篤な肺炎や気管支炎を起こすことがあることを考えると、病院に入院していないから大丈夫というわけではありません。

「どのように治療,予防するのか」

福岡県の患者の場合には多剤耐性菌でありましたがミノサイクリン、イセパマイシンに感受性を示したことから治療でき、完治しましたが、千葉県のAB菌のように,抗生物質の多くが無効な場合は治療薬がなく治療が困難となります。ある医療施設の調査では、(表2)患者が使用している医療器具をはじめとして、キーボード、電話受話器、インターホン、洗面器などの環境材料も10%程度の汚染があり、加湿器やドアノブ、患者収容の病室内のテーブルなどからAB菌が検出されたという結果もあります。本菌は乾燥に対しても黄色ブドウ球菌や緑膿菌と同程度もしくはそれ以上の抵抗性があり、医療施設、介護施設などの環境中に広く生息し、従事者を介して施設内に汚染を拡大させることが推察され、日常の感染症対策として設備の清掃や消毒、十分な手洗いが重要です。

消毒には一般に良く使われる70%エチルアルコールやその他の消毒剤が良く効くので安心ですが,作成後日数が経過し濃度が低下していないか、古くなって有機物が多く混入し殺菌効果が減少していないかなど消毒剤の殺菌効果や特徴についてよく理解して使ってください。

厚生労働省は医療面で問題があると考えられる多剤耐性AB菌に対し、十分な院内感染対策をとるように、またその細菌による感染事例があれば速やかに報告するよう通達しています(平成21年1月23日、医政局指導課)。なおこの細菌に対するワクチンはありません。

「参考資料」

  • CHU,YW et al. :Skin carriage of Acinetobacters in Hong Kong. J.Clin.Microbiol., 37(9),2962-2967, 1999.
  • CHUANG,Y-Y et al.; Epidemiological investigation after hospitalising a case with pandrug-resistant Acinetobacter baumannii infection. J.Hospital Infect., 72(1), 30-35, 2009.

獣医師、医学博士 小林 一寛