専門家コラム

小林先生の情報館

第11回:生きているが培養できない細菌の話

その細菌はVNC菌と呼ばれています

自然界には極めて多種類かつ多数の微生物が生息していますが、その大部分(90%以上とも言われています)はまだ私たちの眼で確認することはできません。それはまだ培養ができないのです。ここでは「生きているが培養ができない= viable but non-culturable(VNC あるいは VBNCと略す)細菌」について紹介し、このような細菌が食中毒や感染症に関してどのような問題を含んでいるかについて述べてみます。

生きているけれども培養ができない細菌には、次の二つの状態があります

一つは、まだ培養方法が確立されていない細菌、もう一つは、種々の条件によって、発育、増殖ができないような状態になった細菌です。

前者は自然界に生息している多くの細菌やハンセン病の原因であるライ菌(M.leprae)ですが、現在のところまだ培養する方法が確立されていないだけで、今後新しい培地や培養方法が開発されたら培養可能になる細菌であり、厳密にはVNCとはいいません。

後者はすでに増殖させる方法があり、日常でも検査を行っている細菌です。しかし、乾燥や冷凍など色々な条件に置かれ、ストレスを受けたために増殖できなくなった状態の細菌です。ただし、増殖しないだけで、死んでいるわけではありません。生きていることは、呼吸活性があること、菌本来の核酸(遺伝子)が正常に存在してタンパク質の合成を行っていることから解ります。この状態になったものをVNC菌といいます。

また細菌の中には乾燥、貧栄養など発育環境が悪化すれば一時的に芽胞という耐久型になるものがあります。この芽胞も増殖しませんが、発育環境がよくなれば発芽して元の栄養型に戻って増殖します。この芽胞は、VNC菌とは区別しています。

VNC菌には、さらに次のニつの状態があります

一つは、'損傷菌'といって食品中の細菌が加熱や冷凍されることによって何らかの損傷を受けた結果、培地の組成などの影響を強く受けて発育が悪くなったり、増殖できなくなったものです。損傷菌は、発育阻害物質を含まない培地に移してやれば発育してきます。

もう一つはここでいうVNC菌で、培養はできる細菌ですが、何らかのストレスによって培養ができない状態になった細菌です。しかしながらVNC菌が損傷を受けた"損傷菌"であるかどうかは分らないので、明確に区別することは困難です。

VNC状態がどうして起るのかということですが、多くの場合は温熱や冷凍、冷蔵、低栄養状態などに置かれたときに、一時的に遺伝子の発現をストップして発育を止めて耐久型になった結果ではないかと考えられています。ですから環境が改善されたり、熱や化学薬品処理などをすることによって再び培養が可能な状態に戻ります。

例として、コレラ菌(V.cholerae)や腸炎ビブリオ(V.parahaemolyticus)などのビブリオ属菌は、冬季になると海水や下水など環境材料から検出されなくなりますが、これは低温、低栄養条件になるとVNC状態になることが原因ではないかと言われています1)(海水温の低い冬季には海底のヘドロ中に生息しそこで増殖しているという報告もあります)。実験的にそれらの条件によってVNC状態にしたコレラ菌は硫酸アンモニウム存在下で45℃、30秒程度の熱処理、腸炎ビブリオでは抗酸化剤を添加してやると培養可能な分裂増殖型に戻るといわれています。また損傷菌を回復させるためにある種の組成、黄色ブドウ球菌(S.aureus)ではマグネシウム、リステリア菌(L.monocytogenes)では鉄分の添加が有効といわれています。このような回復(再生)過程に必要な条件は細菌の種類によって異なります。

VNC菌が食中毒や感染症に関して、どのような問題点をもっているのでしょうか

次のような様々な問題点が考えられています。

コレラ菌など冬季には検出されなくなるが、存在しないのではなくVNC状態で泥土中に存在し、温度上昇とともに海水や下水中から検出されるようになる。
また風呂水やクーラーなどのたまり水(低栄養状態の水環境)の検査ではレジオネラ菌(L.pneumophila)は見つけられなかったけれど、その水が原因で肺炎になったという例は、レジオネラ菌がVNC状態で生息していたからだと考えることが出来る。また、赤痢菌(Shigella spp)なども淡水中でVNC状態で存在し、未殺菌のまま飲用など生活水として使ったときに食中毒を起こすのではないか。
環境中や食材などに存在しているVNC菌が飲食物や器物を介してヒト体内に入り、再生して食中毒や施設内感染等の原因となる可能性がある。もしこのような事が起っていれば、食材、食品、拭き取りなどの培養検査を行っても発育してこないので、感染症や食中毒事件のときの「原因不明」はVNC菌が関係しているからではないか。
少数菌で感染するといわれる腸管出血性大腸菌(EHEC)やカンピロバクター(C.jejuni)などはVNC状態になることがわかっており、本当はもっと多数の細菌が体内に入って起こっているのではないか。
ある細菌感染症で治療中にペニシリン系などの殺菌型(bactericidal)の抗生物質が効かなくなったのは、菌がVNC状態になり分裂増殖しなくなったために抗生物質の効果が発揮できなくなっただけではないか。
ある感染症の再発は、治療によって症状が消えて治癒したようにみえるが、実は原因菌がVNC状態で生存しており、以降に再生して同様の疾患を再発するのではないか。
種々の食品検査で、一般生菌数測定や病原菌の検査でVNC菌は培養できないので得られた結果は正確ではない可能性があるのではないか。(既知の細菌で遺伝子が解明されているものでは遺伝子検出法が有効である)
施設内の衛生管理や汚染調査をするときの拭き取り検査で病原菌はみつからないが、VNC状態の菌で存在しているのではないか(とくにバイオフィルム形成場所)。
また、院内感染予防の検査では、緑膿菌(P.aeruginosa)やセラチア菌(S.marcescens)などが対象となる。これらの細菌は空気中にVNC状態で浮遊している可能性が指摘されているので2)、日常の清掃と消毒を十分にすることが必要である。
微生物の安全性評価、とくに医薬品製造時の汚染菌検査(バイオバーデン)では、ふつうの培養検査法で発育しないVNC菌の存在はわからないので、別の新しい検査方法によって行う必要があるのではないか。

等いろいろなことが考えられています。

今後の問題

このようなVNC菌がどのようなことを引き金として変化するのか、どのような機序で回復(再生)するのかは、まだ充分に解明されていません。またその存在を知る簡便、迅速な検査法がありません。これらを解決することによって、食品の安全性確保や調理施設、製造施設の的確な衛生管理対策、介護ならびに医療施設などにおける施設内感染防止対策が可能となります。さらに病原菌を対象とした環境調査、食品検査、ペットなどの動物検査などのVNC菌検査結果から感染源対策が可能となります。

今後発育させなくても存在が分かる遺伝学的方法などを利用したVNC菌の検査法3)を開発することが必要と思われます。

参考資料

  • 友近健一ほか:ビブリオのVNC菌とその衛生学的問題、防菌防黴学誌、30:85-90,2002.
  • Heidelberg,JF et al.:Effects of aerosolization on culturability and viability of gram-negative bateria. Appl.Environ.Microbiol. 63:3585-3688,1997.
  • Cappelier,JM et al.:Double staining CTC/DAPI to detect and count viable but nonculturable Campylobacter jejuni cells. Vet.Res.,28:547-555, 1997.

獣医師、医学博士 小林 一寛