専門家コラム

小林先生の情報館

第8回:新しいリステリア菌の除菌方法 -バクテリオファージの利用-

バクテリオファージ(以下単にファージとします)とは細菌に寄生し、その生きた菌体(細胞)内で増殖するウイルスのことをいいます。そのファージには多種類の細菌で増殖可能なものと,ある特定の細菌でのみ増殖できるものがあります。ここで紹介するのは最近、米国食品医薬品局(FDA)が認可したリステリア菌だけで増える後者のファージ利用法です。

「バックグラウンド」

米国では、感染症や食中毒の発生状況を監視、調査するために色々なシステムがありますが、それぞれの情報を集め、疫学的解析をして米国内で毎年発生する食中毒数や死者数を推計しています(参考文献1)。これによると病原体が分かったうちの約67%はウイルス性、約30%が細菌性、2.6%は原虫性です。このうち入院するほどの重い症状がみられたのはリステリア菌の場合が最も多く92.2%、次いでバルニフィカス菌(弊社の小冊子「衛生の友、Vol.30,p9.2007」を参考にして下さい)が91.5%となっています。3類感染症のチフス菌では75%、コレラ菌で34.7% 、O157では3%程度です。死亡率でみるとバルニフィカス菌が38.3%、リステリア菌が20.0%と高く、この2菌種は感染すると非常に危険な細菌ということになります。患者数では食品媒介性(創傷性もあります)のバルニフィカス感染症は集団発生しないので年間47名程度ですが、リステリア菌では集団発生も含め毎年約2,500名の患者が発生し、うち500名(20.0%)程度が亡くなるという状況で、全食中毒における死者(1,809名)の27.6%を占め、食中毒の患者数が多いサルモネラに次いで高率となっています。

この実情から米国ではリステリア菌の感染予防が重要課題と考えられ、食品からのリステリア菌除菌法の一つとして、2002年にバイオ企業(Intralytix Inc.)から申請されていたファージ製品を、安全性や種々の条件を検討し、対象食品を限定した上で2006年8月18日に食品添加物としてはじめて認可しました(参考文献2)。

「リステリア除菌の食品添加物とは」(資料2)

1)製品の安全性確認

この添加物はヒトや他の動物、植物には感染しないリステリア菌にだけ感染できるファージで、感染すると溶菌(リステリア菌は死滅)させる6種類のファージ(ビルレントファージといいます)を、それぞれ大量(多数)作成し、精製後混合したものです。多種類のファージを使うのはファージに抵抗性(耐性)となったリステリア菌を出現させないためです。またリステリア菌に感染し、一時的に共存してリステリア菌遺伝子の一部を切り取り、自分の遺伝子に組み込んで他のリステリア菌に運搬する心配があるファージ(テンプレートファージといいます)ではなく、そのリスクがないビルレントファージを使っています。ですから、それぞれのファージの数も検体を汚染しているリステリア菌を完全に溶菌できる十分量(1ml当たり1x109個(pfu/ml)以上を含んでいることも決めています。さらに製品にリステリア菌やその菌体成分(発熱の原因となる)が残存していないことを培養法などで確認し、リステリア菌の病原因子の一つである溶血毒(リステリオリジンO)についても、検査の検出限界(5溶血単位/ml)以下であることも求めています。これらのことを確認した上で、このファージ食品添加物が食品と共に人体に入っても全く問題がないと判断して認可されました。

2)特異性、有益性

(1) 申請によるとこのファージ液は試験した170株以上のリステリア菌を溶菌させることを確認しています。またファージ液は比較的容易に、大量に作成できるので安くつきます。

(2) 殺菌効果は熱や殺菌剤などの化学物質を使わず、2~3時間の短時間処理で得られるので、食品の変色、変質、臭気発生などに影響しません。

3)使用法

この製品はリステリア菌の汚染が多い食肉およびその製品、鶏など家禽肉およびその製品などのready to eat(RTE)食品(調理済み非加熱食品)を包装する前にその表面500cm²あたり1mlをスプレーして殺菌するとしています。ハムや肉製品は原材料あるいは製造時にリステリア菌汚染が起こりやすく、製品となってからは冷蔵保存することや加熱しないでそのまま食べることが多い食品です。もし汚染したものを保存すればリステリア菌は冷蔵庫内の低い温度でも増殖し感染の危険があり、汚染を除去しておく必要があるからです。

4)問題点

(1) 利用出来る食品はブロック肉や包装前のハムのように、滑らかな表面の汚染が考えられるもので、ミンチ肉のように内部にも汚染があるような食品は、ファージ液が浸透しないので利用できません。またファージの活性に影響するような成分を含む食品にも利用困難と思われ、現在の方法では全ての食品に利用可能な方法ということではありません。

(2) 十分な溶菌活性を確保するため、このファージ製品の保管方法や有効期限を明示し、対象となる食品を限定したうえで、効果的な使い方を決め、それに従って使用することが必要と思われます。

5)これまでのファージ使用事例

これまでにファージを利用した食品の除菌・殺菌法はありませんが、果物や穀物などの農産物では殺虫目的で承認され利用されています。また国によっては抗菌治療目的としてファージセラピーが実用化されています。具体例を挙げると、1997年、バイク事故で骨折し創傷部が黄色ブドウ球菌に感染してひどい化膿症となり、薬剤での治療効果がみられず、足の切断しかないと診断された男性に試み,数日で快復した例、大やけどをした時、多くの場合には緑膿菌のような日和見細菌が感染して治りにくい化膿を起こし、重篤な敗血症を続発することが知られていますが、やけど部位にファージ液をスプレーして感染を防いだ例,など他にも種々の事例報告がみられています。

6)今後に期待されること

(1) リステリア菌以外にも大腸菌、特に腸管出血性大腸菌O157のような重篤な食中毒菌(参考文献3)やカンピロバクター、サルモネラなど患者発生が多い細菌(参考文献4)についても汚染食肉を作成して実験したところ,迅速に食中毒菌が死滅し、検出されなくなったという有望な結果が報告されていますので、今後に期待できる方法と考えられます。

(2) 人体への使用についても、ファージは特定の病原菌以外には感染しないので、抗生物質使用時にみられる常在腸内細菌叢を攪乱することがなく、また人体の色々な臓器や細胞への傷害もなく副作用も考えられません。また近年問題となっている多剤耐性の緑膿菌、黄色ブドウ球菌(MRSA)、腸球菌(VRE)などは'現在の抗生物質による治療の限界か?'とまでいわれている治りにくく致死率の高い厄介な細菌感染症を起こしますが、この治療法としても期待でき、先に述べたように一部では既にヒトの感染症に用いられています。

(3) まだ研究段階ですが、炭疽菌のようなバイオテロが懸念される細菌の場合、熱や消毒剤に極めて強い芽胞が使われますが、炭疽菌のファージが菌を溶菌するときには細胞壁の構成成分を分解させ、破壊するのにタンパク酵素(エンドライシンという)を作りますが、その酵素を作る遺伝子をファージから取り出して大腸菌に組み込み、大腸菌で大量に作って精製したものを準備しておけば、緊急に必要となった時に安心です。この作用は芽胞にも有効といわれていますので、今後研究が進み実用化されることが望まれます(参考文献5)。

(4) 病原菌が存在するところには、それに感染するファージもいるといわれ、常時そのファージを腸内に存在させれば、病原菌が侵入したときに感染あるいは発病を予防できる可能性があります。例えば衛生状態が良くないところに行った時に、同じものを食べても現地のヒト達は下痢をしないのに日本人は下痢をしたような場合、現地のヒトには常時病原菌が侵入しているので腸管の免疫が成立しているというほかに、病原菌が侵入することが多いため、その病原菌に対するファージも腸内に存在しており、新たに侵入してきても溶菌し感染しないのではないかという報告があります。従って感染機会が多い病原菌のファージを安定して定着させる方法、あるいは汚染地域に出かけるなど、必要なときに服用するカプセル製品のようなものが開発されれば、薬物を使用しない有効な予防法となるのではないでしょうか。

実現するためには解決すべき問題はいろいろあり、全くの希望的観測でありますが.........。

参考文献

  1. (1) Mead,PSほか:Food-related illness and death in the United States. Emerg.Infect.Dis., 5(5),607-625, 1999.
  2. (2) US Food and Drug Administration: FDA Approval of Listeria-specific Bacteriophage Preparation on Ready-to-Eat (RTE) Meat and Poultry Products. August 18, 2006.
  3. (3) O'Flynn,G.ほか:Evaluation of a cocktail of three bacteriophages for biocontrol of Escherichia coli O157:H7. Appl.Environ.Microbiol., 70(6), 3417-3424, 2004.
  4. (4) Goode,D.ほか :Reduction of experimental Salmonella and Campylobacter contamination of chicken skin by application of lytic bacteriophages. Appl.Environ.Microbiol., 69(8), 5032-5036, 2003.
  5. (5) Schuch,R. ほか:A bacteriolytic agent that detects and kills Bacillus anthracis. Nature, 418,884-889, 2002.

獣医師、医学博士 小林 一寛