全身冷却療法
クライオセラピー
Cryotherapy
運動後に体を冷やしてリカバリーを行うことは、アスリートでは普通に行われています。
例えば、プロ野球の投手が降板後に肘などを氷で冷やしている姿はTVなどで良く見る光景です。このように、局所を氷で冷やす方法もクライオセラピーの一つです。
一方、最近では、全身を冷やす全身冷却療法(Whole Body Cryotherapy:WBC)を海外のトップアスリートが取り入れています。例えば、ラグビーの代表チーム、サッカーの代表チーム、ツールドフランスの出場チーム、アメリカンフットボールのプロチーム、バスケットボールのプロチーム、プロ野球チーム、プロボクシング選手等多くのアスリートが使っています。
WBC冷却後の皮膚温と筋温の変化
高強度運動に伴い身体では何が起きているのか?
運動後におけるクライオセラピーの効果の機序
WBCによるパフォーマンスの回復促進研究 1
WBCによるパフォーマンスの回復促進研究 2
WBCによる食欲亢進効果研究
一般的に、体を冷やすことでパフォーマンスの回復を早めることは知られていますが、トップアスリートにとっては、いかに早くパフォーマンスを回復して次の試合に備えることができるかが大きな課題です。また、クライオセラピーはリカバリーだけではなく、食事による栄養摂取にも効果的な作用が期待できるという報告もあります。
栄養摂取面では、運動後30分以内というのがゴールデンタイムですが、例えばクライオセラピーをCWI(Cold Water immersion:冷水の浸漬。アイスバス)で行う場合は、15℃程度の冷水に15分程度浸かっていなければなりません。前後の脱衣・着衣の時間を考えると、これだけでゴールデンタイムのほとんどは過ぎてしまいます。
これに比べてWBCでは、3分程度の冷却時間であることや水に濡れないことから、冷却後すぐに食事ができるので、大きなメリットになります。
WBC冷却後の皮膚温と筋温の変化
運動後の3分間のWBCの結果、皮膚温および筋温はいずれも10℃以上低下した。また、WBC条件での皮膚温は運動後105分まで、筋温は運動後180分までCON条件に比較して有意に低値を示した。
*出典 立命館大学 スポーツ健康科学部 後藤教授 SPORTEC2017セミナー講演資料
高強度運動に伴い身体では何が起きているのか?
- 心拍数の上昇(心拍出量の増加)
- 酸素摂取量の増加
- 血中乳酸およびカリウム濃度の上昇(疲労の亢進)
- 浮腫の発生(筋内水分量の増加)
- 最大筋力(筋機能)の低下
- 血中へのタンパクや酵素の逸脱
- 筋痛の発生
これらが、パフォーマンス低下や痛みに繋がります。
運動後におけるクライオセラピーの効果の機序
筋肉全体を冷却することで、2次の筋損傷・筋痛を抑制し、筋力の回復が促進されます。
筋肉全体の冷却
- 皮膚温・筋温の低下
- 血管の収縮(血流量の低下)
- 浮腫の軽減
- 炎症性・発痛性物質の増加の抑制
- 2次損傷の抑制
- 遅発性筋痛の軽減
- 筋力の回復促進
WBCによるパフォーマンスの回復促進研究 1
海外・国内でWBCを使ったリカバリーの研究が進んでいます。
① 下肢筋群の等尺性最大トルク比較
- 被験者:活動的な成人男性26名を対象
- 試験概要:全被験者は20回×5セットのドロップジャンプを実施
被験者を運動終了10分後にWBC(-110℃、3分間)を実施する群(WBC条件、n=13)またはコントロール群(CON条件、n=13)の2群に分類 - 結果:下肢筋群の等尺性最大トルク(下肢筋力の指標)は、運動終了後いずれの群においても有意に低下した。しかし、WBC群における等尺性最大トルクは、CON群と比較して早期に回復した。
出典
Ferreira-Junior JB, Bottaro M, Vieira CA, et al (2014a) One session of partial-body cryotherapy (-110 °C) improves muscle damage recovery. Scand J Med Sci Sports 25:n/a-n/a. doi: 10.1111/sms.12353
② 膝伸展時の等速性最大トルク比較
- 被験者:習慣的にレジスタンストレーニングを行っている成人男性12名を対象
- 試験概要:全被験者は10回×6セット×2の運動を2セッション実施
全被験者はセッション間(40分間)に2回のWBC(-110℃、3分間)またはWBCを行わない条件(CON条件)の2条件をランダムに実施 - 結果:WBC条件では、2セッション目における伸長性筋収縮を伴う膝伸展時の等速性最大トルクがCON条件と比較して有意に高値を示し、運動に伴う下肢筋力の低下が有意に抑制された。
出典
Ferreira-Junior JB, Bottaro M, Vieira CA, et al (2014b) Effects of partial-body cryotherapy (- 110°C) on muscle recovery between high-intensity exercise bouts. Int J Sports Med 35:1155-1160. doi: 10.1055/s-0034-1382057
WBCによるパフォーマンスの回復促進研究 2
プロスタグランジン・クレアチンキナーゼの変化
- 被験者:男性ラグビー選手10名を対象
- 試験概要:全被験者は5日間にわたるトレーニング(3時間/日)期間中にWBC(-60℃で30秒間後、--110℃で2分間)を5回、5日間にわたり実施
- 結果:5日間のトレーニング終了後、プロスタグランジン(発痛性物質)およびクレアチンキナーゼ(筋損傷の間接指標)濃度は、運動前の値と比較して有意に低値を示した。
出典
Banfi G, Melegati G, Barassi A, et al (2009) Effects of whole-body cryotherapy on serum mediators of inflammation and serum muscle enzymes in athletes. J Therm Biol 34:55-59. doi: 10.1016/j.jtherbio.2008.10.003
WBCによる食欲亢進効果研究
スポーツにとって、体を大きくしたい、運動量に応じた食事量を取らないと体重が減ってしまう、食べなければならないのに食べられない、食事面でのリカバリーが充分に出来ないことがあるなどは、トレーニング現場にある食事の悩みです。
食欲が低下してしまう理由は、高強度のトレーニング後には、グレリン濃度が低下してしまうため、食欲の低下を招き、食事量が低下してしまうことが実験で明らかになっています。
*出典 立命館大学 スポーツ健康科学部 後藤教授 SPORTEC2017セミナー講演資料
Whole Body Cryoterapy(WBC)を用いた運動後の身体の冷却が食欲調整に及ぼす影響研究
- 被験者:男性アスリート12名
- 試験概要:運動後にWBCを実施する条件と安静を維持する条件(CON条件)の2条件をクロスオーバーデザインで実施した。運動には高強度間欠運動を用いた。WBC条件では運動終了後10分後から3分間WBCを実施した。運動前から経時的に採血、主観的指標、皮膚温の測定を行った。運動終了後30分後にはビュッフェ形式による食事摂取量調査を実施し、食事摂取量、三大栄養素の摂取割合を算出した。
- 結果:皮膚温はWBC後に大きく低下し、食事直前まで条件間における有意な差が認められた。血漿グレリン濃度は運動後に有意に低下したが、条件間での有意差は認められなかった。運動終了30分後における食事摂取量はWBC条件(1371±139kcal)がCON条件(1106±130kcal)に比較して有意に髙値を示した。
- 結論:高強度運動後のWBCによる身体の冷却は食事摂取量を増加させる。
Kojima et al. unpublished data
平均値±標準誤差 ※:P<0.05 vs. CON条件
出典:第72回日本体力医学会大会 発表資料より
立命館大学 スポーツ健康科学研究科 小島千尋、笠井信一、近藤知佳、海老久美子、後藤一成、サラヤ株式会社 鈴木靖志